ゲオカイ 「白」


 時はもうすぐ深夜、場所は女王宮のゲオルグの部屋、二人は正にこれから行為に及ぼうとしていた、そのとき。
「・・・それでお前は、俺のところに来る前に、一体どんな女を抱いてきたんだ?」
「・・・へ?」
 ゲオルグはカイルの胸倉を掴んで引き寄せ、匂いを嗅ぐ。
「この匂いの持ち主がどんな女か、と聞いているんだ」
「・・・・・・そ、それは!!」
 カイルはハッとしたように首を振りながら、心持ちゲオルグから離れようとする。
「ち、違いますって!! これは!!」
「それは?」
「こ、これは・・・」
 カイルは言いにくそうに、言葉に詰まった。僅かに頬が赤くなっていることを、勿論ゲオルグは見逃さない。
「・・・・・・ほぉう」
 ゲオルグは目を細めた。その目つきに、カイルは身の危険を感じた。
「あ、あの・・・気になるみたいだから着替えてきますねー!!」
 逃げ出そうとしたカイルを、ゲオルグは当然逃がさない。背を向けたカイルの襟首を掴んで、力任せにベッドへ放り投げた。
「いてっ! ひどいですよー!!」
「ひどいのは、どっちだ? ・・・まぁいい。言いたくないなら、体に聞いてやろう」
「・・・・・・」
 ニヤリと笑ってみせたゲオルグに、カイルは内心ビビりつつも、軽口でかわせぬものかと思う。
「ゲ、ゲオルグ殿、オヤジっぽいですよー!?」
「なんとでも言うがいい」
「・・・・・・」
 やっぱりゲオルグはとめられそうにない。カイルは観念した。


「よう、おはようさん」
「・・・・・・」
「今朝の会議は終わったぞ。お前は体調が優れないから欠席すると言っておいた。全く、手間のかかる」
「・・・・・・」
「おい、起きてるなら、返事くらいしたらどうだ?」
「・・・・・・・・・っぜんぶ」
 嫌味ったらしく言葉を掛けてくるゲオルグに、黙秘を続けていたカイルはついに我慢ならなくなって、掠れた声を張り上げた。
「あんたのせいじゃないですか!!」
 そして、やっぱり無視しておけばよかったと後悔する。喉は痛むし、思わず体をガバッと起こしたせいで腰の辺りに鈍痛が奔った。これもそれも全部お前のせいだ、とカイルはゲオルグを睨みつける。
 だがゲオルグはそんなカイルを見下ろして、しれっと言った。
「・・・俺のせいか?」
「そうじゃないですかー!! オヤジだってあんなにしつこくないですよ!!」
「・・・ほう、お前はオヤジとも経験があるのか」
「そういう意味じゃないですってば!!」
 どうしてここまで言葉が通じないのか、カイルは腹が立つのと同時にちょっと悲しくなる。
「だいたいな、自業自得だと思わんか?」
「なんでですかー!?」
「あんな甘ったるい匂いさせて、浮気してましたーって堂々と言ってるようなもんじゃないか」
「だ、だからそれは違うって言ってるじゃないですか!! なんで信じてくれないんですってば!!」
 言葉が通じないどころか、ちっとも信用されていないのかと、カイルはさらに悲しくなる。そんなカイルに、ゲオルグは本気で怪訝そうに眉を寄せた。
「ことこういうことに関して、人に信用されてると思っているのか?」
「し、失礼ですよー!!」
 あんまりだ、とカイルはなんでこんな男と付き合っているのだろう、心底そう思った。
 目の前の男は、未だカイルに疑いの眼差しを遠慮なく向けている。
「・・・わ、わかった、言いますよー!!」
 非常に腹が立つが、しかしやっぱりこんなことでゲオルグとの仲がこじれてしまうのはイヤだった。こんな男ではあるが、やはりカイルはゲオルグのことが好きなのだ。
「言いたくないけど・・・誤解されたまんまじゃイヤだしー・・・」
「ほう、言ってみろ」
「・・・・・・」
 聞いてやってもいいと言いたげなゲオルグの尊大な様子に、カチンと来つつ自分の悪趣味を呪いながら、カイルはしぶしぶ口を開いた。
「あの匂いは、フェリド様につけられたんです!!」
「・・・・・・」
 ゲオルグは、少しの間沈黙した。それから、真顔で問う。
「俺は、お前とフェリドがそういう関係だったことと、フェリドがあんな香水をつけてること、どっちに驚けばいい?」
「し、知りませんよ!! なんで何がなんでもそっちの方向に持っていきたがるんですか!!」
 カイルはいっそ呆れた。しかしゲオルグは自分の考えに取り付かれているようだ。
「そういえばあいつ、会議中俺のほうを見て何かニヤニヤ笑っていたな。宣戦布告のつもりか? ・・・面白い」
「ち、ちょっとゲオルグ殿!!」
 剣呑な空気を纏い始めるゲオルグにカイルは焦る。
「落ち着いて聞いて下さいよ!! あれはフェリド様に吹き掛けられただけですって!!」
「・・・・・・フェリドが何故こんなことをする?」
「そ、それは・・・」
「うん?」
 カイルは、こんなことなら昨夜話しておけばよかったと今さら後悔しながら口を開いた。
「フェリド様が言ったんですよ、オレが言ったんじゃないですからね!!」

『この匂いを嗅ぐとな、男はあっというまにムラムラきてしまうそうだ。いつもよりももっと、刺激的で熱い夜を送れるぞ!!』

「って」
「・・・・・・」
 フェリドならいかにも言いそうで、ゲオルグは納得してしまった。おそらく吹き掛けられたのもただの香水で、フェリドはカイルを使って遠回しにゲオルグを揶揄ったのだろう。会議中のフェリドの視線に、ゲオルグはようやく合点がいった。
「わかってくれましたか!?」
「・・・あぁ、よぅくわかった」
 ゲオルグは頷いてから、カイルに笑い掛ける。だがそれは、カイルにもれなく嫌な予感を抱かせる笑顔だ。
「お前、そんなに激しいのが好みだったんだな」
「ち、違います!! オレが言ったんじゃないって言ったじゃないですか!!」
「ふ、照れるな」
「照れてません!! だから言うのイヤだったんですよー・・・ってなんで近付いてくるんですか!?」
 ゲオルグがさりげなくベッドに足を掛けてくるのに気付いて、カイルは慌てて後退りする。
「いや、お前の要望に応えてやろうと思ってな」
「なんにも望んでませんってば!! もう充分ですから!!」
「遠慮することはないぞ?」
「してません!!」

 そして数刻後、満足そうなゲオルグの隣で、「無駄な抵抗」という言葉の意味を噛み締めるカイルの姿があった。



カイルの浮気疑惑は「シロ」だった、ということで。
・・・ていうか・・・何このゲオルグ・・・orz





ガレカイ 「青」


「あ、見付けた、ガレオン殿! 見て下さいよー!!」
 カイルはいつものように嬉しそうにガレオンに駆け寄ってきた。そして、刀をガレオンの目の前にかざして見せる。
「鍔のところに宝石入れてもらったんですよー。これ、なんの色かわかりますー?」
 その宝石は青い色をしていて、カイルの髪飾りと刀を下げる紐と同じ青に見えた。
「・・・目の色か?」
 確かそれらの紐は自分の目の色と合わせていると本人から聞いたことがあった。思わずカイルの碧眼を見つめながら答えたガレオンに、カイルはしかし首を振る。
「目の色ってところまでは合ってますけど、オレのじゃないですよー」
「・・・・・・」
 ならば他に誰がいるのだろうと、ガレオンは自分の周りで青目の人を探した。
「・・・王子か」
 思い付いて、カイルは王子に懐いていることだしと、ガレオンは納得した。
 が、カイルはまた首を振る。
「違いまーす。あ、陛下でもないですからね!」
「・・・・・・」
 ガレオンはまた探した。そして、まさかと思いながらも可能性に気付く。
「・・・・・・ザハーク殿か?」
「・・・ち、違いますよ! なんでオレが、あの人の目の色と同じ色ー、とかって喜ばないといけないんですか!!」
 思ってもいなかったようでカイルは驚いた。その反応に、言いだしたのは自分だがガレオンはちょっとホッとする。
 しかしそうなると、ガレオンにはもう一体誰なのかわからなかった。
「・・・なんでわかんないんですかー?」
 するとカイルはちょっと不満そうに、ガレオンに一歩近付いて、その瞳を覗き込む。
「ほら、オレの目に映ってる自分をよーく見て考えて下さい!」
「・・・・・・」
 言われた通りにカイルの目に映る自分を見て、ガレオンはアッと気付いた。
 普段意識しないのですっかり忘れていたが、ガレオンの瞳も青色をしているのだ。
「・・・やっとわかってくれましたかー」
「・・・何故そんなことを」
「なんでってー・・・なんとなくですけどー・・・」
 カイルは少し照れたように、その理由を教える。
「腕のいい飾り職人が来てるって聞いたから、せっかくだからつけてもらおうかと思って。何色がいいかなーって考えてたとき、ガレオン殿のこと思い出したから、じゃあ目の色の青にしようかなーって」
「・・・・・・」
 わかるようなわからないような理由だ。
「でも、青い目の人って多いんですねー。王子や陛下だと思われるんならいいですけど、ザハーク殿と揃えたって思われるとイヤだなー」
「・・・だれも思わぬだろう」
「ですよねー。たぶんみんな、オレの目の色だって思いますよねー」
 カイルは、しかしどちらかというと残念そうな顔をする。
「でもちょっと複雑ー。これはガレオン殿の目の色なんだ!!って気付いて欲しいような欲しくないようなー・・・微妙なオトメ心?です」
「なんだそれは・・・」
 相変わらずガレオンにはカイルの思考がよくわからない。そんなガレオンに、カイルは今度はわかりやすく言った。
「簡単に言うと、オレがガレオン殿のこと、好きってことですよー」
「・・・・・・」
 笑顔でハッキリと告げられ、ガレオンはどうしていいかわからなくなる。
 カイルがガレオンにこんなふうに好きだということは、もう日常茶飯事だった。
 だが、そんな言葉を人生においてそう向けられたことのないガレオンは、いつまでたっても慣れることが出来ない。
「・・・どうかしましたかー?」
「いや」
 僅かに顔を背けているガレオンに首を傾げ、それからカイルはまぁいいやと笑顔に戻る。
「ガレオン殿、これからお勤めですかー? それともお暇ですかー?」
「・・・勤めだ」
「そうですかー、オレもなんですよー。あ、じゃあ、夕飯は一緒に食べましょーね! それじゃあ!!」
 そしてカイルは、ガレオンの返事も聞かずに駆けていってしまう。
 おそらくカイルがガレオンを探していたのは、刀のことを伝えたいが為だけだったのだろう。勤務前の時間を割いてまで話すようなことでは全くないというのに。
「・・・・・・」
 そんなカイルの行動は、ガレオンをなんだかむずがゆいような気分にさせた。
「・・・ふう」
 深呼吸をして気持ちを落ち着け、ガレオンはどうにか平静を取り戻す。
 が、果たしてこれからカイルの刀を見てもなんとも思わないでいられるか、ガレオンには自信がなかった。



アレニアも青目、リオンもどれかと言うと青目です。カイルとガレオン同じ青目だー・・・ていうか王族+女王騎士って青目多っ!!て思ったところから生まれたネタ。
本当は、カイルの刀の石と髪飾り+刀さげの紐は同じ色らしいですけどね。




フェリカイ 「黒」(一応・・・)


 女王騎士になって、まだ日が浅いある日。カイルはフェリドに招かれるまま、女王騎士長控え室に入った。
「女王騎士にはもう慣れたか?」
 フェリドは椅子には掛けずカイルに問う。なのでカイルも扉近くに突っ立ったまま答えた。
「そうですねー。仕事のほうは前とあんまり変わらないからいいですけどー。なんかいろいろ面倒です、服とか髪とか」
 カイルは疲れた口調で言った。女王騎士は見習いのときよりも複雑な特製の鎧に身を包み、髪を結い上げ、目じりに朱を入れるしきたりになっている。
 毎朝そんなことをしなければならず、カイルはすでにうんざりしていた。
「まあなぁ、わかる気もするな。だが、そのうち慣れるさ。顔を洗ったり歯を磨いたりとそう変わらなくなる」
「そうですかー?」
「はは、信用しろよ」
「・・・・・・」
 笑いながらフェリドに言われ、カイルはそれ以上を続けられなくなる。
 フェリドに言われると、それが軽い口調にも関わらず、言葉通りに信用したくなるのだ。それは何故なのだろうとカイルは思う。
「だったらいいですけどー・・・」
 負け惜しみのように小さく呟いたカイルに、フェリドは不意に近付いてきた。
「確かに、まだ慣れてないみたいだな」
 フェリドは言いながら、そのままカイルのうしろに回った。
「タスキが曲がっている。直してやろう」
「あ、すいませーん」
「全く、いつまで経っても面倒かけるやつだな、おまえは」
 仕方ないやつめ、とフェリドは優しく笑う。その気配を感じ、その空気に呑まれてはいけないと、カイルは努めて口調を軽くした。
「だったら、これからは他の人に世話焼いてもらいまーす」
「おいおい、そんな寂しいこと言うなよ。これからもちゃんと俺のところに来いよ?」
 フェリドは手をとめ、カイルの顔を覗き込んだ。
「・・・・・・」
 フェリドのそんな一言に、自分がどれだけ嬉しくなるのか、きっと本人は知らないのだろうとカイルは思う。
「・・・よし、できた!」
 フェリドは満足そうに言って、カイルの正面に戻った。そして、頷きながらカイルの姿を眺める。
「にしても、似合ってるなあその格好」
 まるで子供の晴れ姿に見入る親のように、しかしその視線は、それとは明らかに違った。
「・・・今さら何言ってるんですかー」
 フェリドは、カイルの頭のてっぺんから足の先までジロジロと、舐めるように眺める。
 その視線が持つ温度は、先程までとはまるで変わっていた。さっきまでは、木漏れ日のようなあたたかさ。そして今は、まるで焼き尽くさんばかりの熱を持っていた。
 だからこそカイルは、それに気付かぬ振りをして口調を軽くする。
「もう見慣れたでしょー」
「いや、いいものは何度見ても見飽きんさ」
「・・・・・・」
 カイルはとっさに唇を噛んで、流されそうになる自分を抑えた。
 フェリドのそんな言葉にも喜んでしまいそうになる自分が、カイルは嫌いだった。軽口と捉えて受け流してしまえばいいと思うのに、ままならない。
 そしてフェリドは、カイルの気持ちを知ってか知らずか、言葉を惜しまなかった。
「こうしてみると、女王騎士の服がまるでおまえの為にあるような気すらするな」
 フェリドはゆっくりとカイルに手を伸ばす。
「黒地の服に、金髪がよく映える」
 優しく梳くように、フェリドの指がカイルの髪を滑った。その瞬間、フェリドの指が自分の肌を這う感触を思い出し、カイルの背筋がゾクリと震える。
「・・・っ、オ、オレ、そろそろ失礼します!」
 これ以上はダメだ、カイルは恐怖すら感じて、フェリドの指から逃れるように体を反転させた。
 だが、踏み出そうとした足は、とまる。
「まだ、時間はいいはずだろう?」
 フェリドはカイルの飾りタスキを引いた。少しの力で、それはスルリとほどけてしまう。
「・・・せ、せっかく直してくれたのに、なんでほどいちゃうんですかー?」
 上擦りそうになる声をどうにか押さえて、カイルは平静を装った。
「・・・それは、言うだろ?」
 カイルが扉に伸ばそうとしていた手を、フェリドは掴み、そしてゆっくりと引き寄せる。カイルが思わず目で追った、その視線の先で、フェリドはその手に口付けた。
「服は脱がせる為にある、ってな」
「・・・・・・っ!」
 フェリドの言わんとするところを察して、思わずカイルの頬に朱が走る。真っ直ぐカイルを捉えるフェリドの瞳は、益々その熱を募らせていた。
「し、知りませんよー、そんな言葉」
 これ以上フェリドの強い瞳を見ていてはならない、カイルはそう思って視線を俯ける。が、フェリドがそれを許さなかった。
 フェリドの手がカイルの頬を撫で、それから顎を掴んで顔を上げさせる。
「お、面白くないですよー、その冗談」
 自分に触れるフェリドの指から意識を逸らしながら、流されそうになる自分を、カイルは必死で押し留めた。
 だが、カイルが堅く守ろうとするものを、フェリドはいつも容易く壊してしまうのだ。いつも、いつも。
「冗談に、見えるか?」
 真っ直ぐ自分を映すフェリドの瞳が近付いてくる。
 早く振り解いてこの場から逃げなければならない。理性ではそうわかっていた。それでも、カイルの体は動かない。
 やがて、観念したようにカイルは目を閉じた。それと同時に唇にあたたかいものが触れる。
 最初は優しく触れるだけのフェリドの口付けは、すぐに激しさを増す。
 フェリドのそんなキスは、カイルを、フェリドの愛を一身に受けている気分にさせた。だがカイルは同時に、そんなはずはないのだとも、わかっている。
 フェリドが誰よりも愛を注いでいる人物、それはカイルではない。そんなことは出会う前から知っていた。
 だから、これ以上深入りしてはいけないと、カイルはいつもいつも思うのだ。
 そして、思うだけで、それを実行出来たことなどカイルには一度もなかった。
 フェリドの、その瞳で見つめられたら、その声で囁かれたら、その腕で抱かれたら。もうカイルには抵抗など出来なかった。何もかも忘れて、その広い背に腕を回さずにはいられなくなるのだ。
「ふ、やはり脱がせにくい服のほうが燃えるな」
「うわー、フェリド様、それオヤジのセリフですよー」
 フェリドの睦言に、カイルはわざと軽口を叩く。自分がフェリドに夢中だなんて、知られたくなかった。惨めになるだけだから。
 それでも、こうしているとき、カイルは確かに幸せだった。
 フェリドの体温が上がり息が乱れていく。カイルは確かに、フェリドに愛されていた。フェリドが第一に想っているのが別の誰かでも、だからカイルは構わないと思える。
 だから、たとえあとでどれほど後悔するとわかっていても、カイルには今フェリドの腕を振り解くことが出来ないのだ。
 もし自分がもっと理性的だったり常識的だったりしたら、きっと踏みとどまっただろう。この思い、この幸福感を知ることはなかっただろう。
 愚かにもフェリドを拒めない自分が、カイルは少し好きだった。



・・・黒、ほぼ関係ねぇ!!
女々しいカイルに対してフェリドのなんと黒いこと!!
とか 無理やり 解釈して みたり ・・・




王カイ 「紫」


「あ、王子、みっけー!!」
 背後から聞こえたその声に、王子の胸は自然と高鳴った。
 だがそれを表には出さず振り返る。
「カイル、どうしたの?」
「はい、王子にプレゼントがあるんですよ!」
 カイルはニコニコと笑いながら、うしろに回していた両手を王子のほうに差し出した。
「プレゼント?」
 カイルの手には、長さ50センチほどの布が持たれている。紫色をした薄い布地は、よく見ると細かい刺繍が施されており、かなり上等なものだ。
「・・・僕に?」
 王子は思わず首を傾げた。
 男の自分に贈るよりは、当然女の人に贈るべきものだろう。他の誰かへのプレゼントと間違えた、というのが癪ではあるが自然だろうと王子は思った。
 が、カイルは首を振る。
「そうです、王子にですよー」
「そう・・・なんだ」
 カイル本人が言うからにはそうなのだろう。
 おそらく女性に贈るのとは意味が違うだろうが、それでも王子は嬉しくなる。
「あ、これ持っててもらえますー? ちょっと失礼しますねー」
「?」
 カイルは王子に布を持たせると背後に回った。そして王子の三つ編みを手に取ると、それをほどいてしまう。
「何するの?」
「まぁまぁ、オレに任せて下さいよー」
 カイルは鼻唄を歌いながら、王子の髪を一つに纏め、布を受け取ると器用に巻きつけていく。
「はい、できましたー」
 カイルは言うと、王子の背を押して、鏡のあるところまで連れていった。
 鏡を見ると、さっきの布が髪の毛にきれいに結ばれている。
「うん、やっぱり似合ってますねー!!」
 カイルも隣に立ち、鏡の中の王子を見て嬉しそうに笑う。自分のことのように誇らしげに言うので、王子は嬉しくなるよりもまず気恥ずかしくなった。
「そ、そうかな・・・」
「そうですよー」
 カイルは今度は直接王子を見て、教える。
「オレ、聞いたんですよ。別の大陸のナントカって国では、紫色は王族しか身につけたらダメな色なんですって。で、この布はその王族の人が頭に巻くものらしくって。聞いたとき、だったらきっと王子にすごく似合うんだろうなーって思ったんですよー」
「・・・・・・へえ」
 自分の見込みが当たって満足そうなカイルの長台詞に、王子は短く返した。素っ気なくも思えるが、しかしそうではない。
 王子は、とても嬉しかった。王族と聞いて、カイルが母でも妹でも叔母でもなく、自分を思い出してくれたことが。嬉し過ぎて、言葉にならなかったのだ。
 その思いで自然と顔が上気しそうになって、王子は慌てて気分を変えようとした。
「そ、そんなに似合ってないと思うけど」
「そんなことないですよー」
「ううん僕よりずっと・・・そう、ずっとカイルのほうが似合うと思うよ!!」
「オレですかー?」
 カイルが抜けた声を出したが、王子はつい口をついて出ただけの言葉が、とても尤もらしく思える。
「絶対にそうだって!」
 王子はちょっと勿体ない気もしたが、自らの髪に巻き付く布をほどいた。そして、自分がされたように、カイルの背後に回って髪をばらす。
「王子ー、オレには似合わないと思うんですけどー」
 カイルはそう言いながらも、王子のし易いようにと膝を屈めた。
 王子はカイルの髪を手に取る。カイルの金糸は、サラサラというよりはどこかふわふわしていた。その触り心地のよさに、王子は思わずいっとき目的を忘れてしまう。
 それから、ハッとして慌てて鏡越しにカイルの様子を窺った。カイルは、王子の行動に気付いた様子はない。
 ホッとして王子は今度こそ、さっきカイルがしてくれたように、髪に布を巻いていく。カイルのように上手くはとても結べなかったが、一応それなりの形に仕上げた。
「ほら、やっぱりカイルのほうが似合ってるよ」
「そうですかー?」
 二人して鏡を覗き込む。
「やっぱり王子のほうが似合いますってー」
「そんなことないよ」
 さっきの自分よりも、今のカイルのほうが、ずっと。鏡の中のカイルを見て、王子は照れ隠しでなくそう思う。
 それは、本当は髪に巻いてある布なんか関係なく、王子の思いがそう見せているのだろうけれど。
「カイルにすごく似合ってる。それが紫色じゃなくても、何色でも、僕よりカイルのほうが似合うよ、絶対に」
「・・・・・・」
 鏡越しではなく、直接カイルを見上げて王子は言った。
「王子・・・」
 カイルはちょっと驚いたように、王子を見返した。そして、
「王子、言う相手間違ってますよー? そういうことは、女の人に言ってあげなきゃー」
「・・・・・・」
 カイルの言葉は、照れ隠しといったふうではなかった。
 王子の本気は、カイルには届いていないのだ。
「でも、王子も言うようになりましたねー。王子にそんなふうに言われたら、どんな女の子でもイチコロですよー?」
「・・・カイルは?」
「そうですねー、オレが女だったら勿論一発でオチちゃいますよー」
 少し探るように聞いた王子に、カイルは軽く答える。女だったら、というのも、牽制のつもりなのではなく、特に深い意味などないのだろう。王子は少し悔しくなる。
 だが王子は、焦ったり悲観的になったりはしなかった。
「あ、でも、王子にそう言ってもらえるのは嬉しいですねー」
 そう言って笑うカイルの笑顔が本当に嬉しそうなのも、確かなのだ。だから王子は、今はまだそれでもいいと思う。
「・・・あ、でも、じゃあこれはいらないですかー?」
 自分に巻かれた布を引っ張りながらカイルが、僅かに残念そうに言った。
「ううん、貰うよ!」
 だから王子は思わず手を伸ばす。
「僕も、カイルの気持ち、嬉しかったからさ」
 するとカイルは、満足そうに笑った。
「それはよかったです」
 その笑顔に、王子のほうこそよかったと思う。王子はカイルが自分に向けてくれる笑顔が大好きだった。他の人に向けるそれとほとんど変わらなくても、それでも充分、嬉しかった。
「じゃあ、改めてプレゼントです、王子」
「うん」
 カイルから受け取った布を、王子はしっかりと手にする。
 自分が嬉しそうにすることでカイルが喜ぶなら、王子はいくらでも笑顔で受け取れた。そして勿論、嬉しく思う気持ちは本物だ。この布は、カイルが自分を思い、そして自分に贈ろうとしてくれたものなのだから。
「本当に、ありがとう、カイル」
「イヤですねー、照れるじゃないですかー」
 明るく笑って返すカイルは、やっぱり照れた様子などない。
 王子は手にした布を、しっかりと握りしめながら思う。
 今はまだ、この距離感でいい。その笑顔を見るだけで幸せになれるから、それでいい。
 でもいつか。カイルが自分の気持ちにちゃんと気付いてくれるとき。受け止めてくれるとき。
 そのときに、言葉を添えて、贈り返そう。
 王子はそう決めた。



初書き王カイ。
・・・なんだか微妙な気が。王子がいい子過ぎる・・・ような・・・。
王カイは、王子がちょっと腹黒いくらいが一番いい気がします。(何にだ・・・)




マルカイ 「赤」(のはず・・・)


 マルーンは芝生の上に座り込んでいた。そして、うしろからカイルに抱き付かれ、さらに頭に顎を乗っけられている。
 最近、それがすっかり二人の定位置になっていた。
 初めてされたとき、マルーンはビックリしてカイルに、なんで!?と聞いた。するとカイルは答えたのだ。
「オレ、ビーバーにまともに触るの初めてなんだよねー。こんなに触り心地いいなんて思ってなくてさー、つい。あ、イヤだった?」
 そう言われてしまうと、マルーンには嫌だなんて言えなくなってしまう。いや、カイルの動機がなんであろうと、マルーンにはきっと断れなかっただろう。
 こんな接触でも、マルーンはとても嬉しかったのだ。嬉しいというよりは、ドキドキする、といったほうがより正しいかもしれない。
 こんなことくらいで、と自分が少し可笑しいが、それでもマルーンは幸せだった。自慢のリーゼントが崩れようと、ちっとも構わない。
「あー、そうだ。ねえねえ」
「・・・えっ、なんだ?」
 頭上からの声に、幸せに浸っていたマルーンは慌てて返した。
「ずっと気になってたんだけどー。マルーンもモルーンみたいな目してるの?」
「えっ!?」
 マルーンは驚いた。そして、悔しくなる。
 あの末の弟は、人間なんて嫌いだ!オーラを普段から放つ、根は素直だがやはり非常にトゲトゲしたやつである。そんなモルーンが、サングラスを外して見せるほど、カイルといつのまにか親交を深めていたのだろうか。
 自分もまだ見せたことないのに、とマルーンは弟に対して嫉妬めいたものを感じた。
「・・・モルーンの目、見たことあるんだ」
「え? だって」
 どうしても僻みっぽい口調になったマルーンに、カイルはしかし予想外の言葉を返す。
「いっつも見えてない? あれが目だよね?」
「・・・・・・・・・??」
 不思議そうなカイルに、マルーンはあれ?と思う。そして、可能性に気付いた。
「・・・モルーンはギターにグラサンの・・・」
「え? ・・・じゃあ・・・メルーン?」
「メルーンはケン玉」
「・・・・・・じゃ、ムルーン?」
「それか、ミルーンだよ。目が見えてるのは」
 マルーンは教えながら、そういうことか、と思う。
「カイル、全然区別付いてないんだな・・・」
「あ、バレた?」
 カイルはアハハハと笑う。
「だって気付いたら増えてるしみんな似た名前だしさー、って言い訳だよね。ゴメンねー?」
「・・・ううん、別に」
 カイルは済まなそうだが、しかしマルーンは気分を害したりなどしなかった。むしろ、兄弟たちには悪いが、ちょっと嬉しくすらある。カイルとモルーンが仲良しだったわけじゃなかったのだ。
 そしてマルーンは、次のカイルの一言で、もっと嬉しくなった。
「うーん、どうやって覚えればいんだろ。マルーンだけは完璧なんだけどなー」
「・・・・・・」
 自分も含めて兄弟は、しょっちゅう人間に間違った名前で呼ばれる。つい口が滑っただけという人から、本気でわかっていない人までたくさんいるが、マルーンたちはまあ確かにややこしいし仕方ないかと思っていた。
 だがそういえば、カイルに呼び間違えられたことなど一度もなかったと、マルーンは思い出す。
 兄弟全員ではなくマルーンだけ、というのがなんだか特別に思われているようでとても嬉しかった。
「・・・無理して覚えることないと思うよ。おいらたち気にしてないし」
「そう? ・・・あ、そうだ、目の話だった。それで、マルーンはミルーン?とおんなじ目なの?」
「あ、ああ、うん。おいらも・・・ビーバーはみんな、ミルーンやムルーンみたいな目だよ」
「へえー」
 カイルは興味を惹かれたらしく、マルーンの顔を覗き込む。
「ね、見たいって言ったら、見してくれるー?」
「え、み、見たって面白くないと思うぞ?」
 カイルの声が、ねだるような声色になって、マルーンはなんだかドキドキした。
「そんなことないよー。あ、でも、誰にも見せたくないからそれ付けてる? だったらオレに見せるのもイヤかなー」
「えっ、嫌じゃないよ!」
 残念そうに溜め息をついて勝手に結論付けてしまいそうなカイルに、マルーンは慌てて言った。
「カイルにだったら、見せてもいいよ!」
 マルーンは別に、目を隠したいからゴーグルを付けているわけではない。遺伝的に低い視力を補う為だ。
 だが、カイルにだったらいい、その言葉にマルーンはとても引かれた。なんだか二人で秘密を共有するような、そんな気にマルーンをさせる。
 マルーンはカイルの腕の中から抜け出して、向き直った。そして、寝るときくらいしか外さないゴーグルを外す。
「・・・・・・・・・」
 晒されたマルーンの、数字の3と酷似した目を、カイルは距離を近付けてじーっと覗き込んだ。
「・・・べ、別に見たって面白くなかっただろ?」
 マルーンは、カイルが何を期待していたかわからないが、なーんだとガッカリされたらどうしようと思う。
 が、カイルはそんなマルーンの心配を吹き飛ばすように、満面の笑みを見せた。
「そんなことないよー。かわいー」
「そうか? でもミルーンたちと同じだし」
「そうかなー。マルーンが一番かわいいよー?」
「そ、そうか?」
「うん、ホントにかわいい」
 カイルはかわいいと連呼しながら、さらに顔を近付けてくる。そしてマルーンの目元に、軽くチュっと、キスをした。
「・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!」
 マルーンは不測の出来事に、一瞬停止し、それから激しく動揺する。
「あ、赤くなってる。益々かわいー!」
 カイルはその反応に味を占めたのか、マルーンを抱きしめて何度もキスをお見舞いした。
 マルーンはもうどうしていいかわからなくなる。驚くやら嬉しいやら恥ずかしいやら嬉しいや嬉しいやら・・・そう、やはり嬉しい気持ちが一番大きかった。ビーバーと人間に可能な最大限の接触が、突然もたらされたのだから。
 だが、それと同時に、ドキドキするどころじゃない動悸に、苦しくすらもある。思わずマルーンはカイルから逃れようともがいた。
「か、揶揄ってるだろ!」
「揶揄ってないよー。オレはいつでも本気だよー?」
 カイルはそう言いながら、パッとマルーンから手を離してしまう。逃げようとしたのは自分のほうなのだが、アッサリ離されてしまいマルーンはちょっと悲しくなってしまった。
 そんなマルーンに、カイルはもう一度腕を伸ばす。そしていつものように背後から抱きしめ、マルーンの頭に顎を乗っけた。
「うーん、やっぱりこの体勢が一番安定するなー」
「・・・うん」
 全くその通りだとマルーンは思う。これ以上の接触も勿論嬉しいのだが、しかしやはりこれくらいがちょうどよかった。
「マルーンもそう思うー? 嬉しいなー」
「うん、おいらも嬉しい」
 マルーンがそっと背を預ければ、カイルは腕を回してさらに距離を近づける。ゴーグルを付け直しながら、マルーンは再び幸せに浸った。



テーマ「赤」にかろうじて掠りました。かろうじて・・・。
意外と二人がラブラブなかんじになったせいで、考えてたネタがポシャったせいです。。
とはいえ、マル←カイは「かわいい」以上の感情はないんですけどね!(当然だ!!)