ヒュゲド
この日、何度も誘った甲斐あって、ヒューゴはゲドと一緒に風呂に入る約束をやっと取り付けた。一緒に入ってのんびりしながらいろいろお話したい、という邪気の全くないヒューゴのお願いに、ゲドもだったら別にいいかと思わされたのだ。
そして風呂に向かって連れ立って歩いているとき、向かいから風呂上りのエースがやってくる。
エースは向かう方向から目的地が風呂だと感付いたのだろう。上機嫌なヒューゴに向かって、にやりと笑った。
「おい小僧、鼻血出すんじゃねえぞ?」
出さないですよー、と狼狽えながら答えるのを予想していたエースだったが、しかしヒューゴはプウと頬を膨らませて予想外の答えを返す。
「出しませんよー。のぼせる前にちゃんと上がります!!」
子供扱いするなと言いたげなヒューゴだ。揶揄ってやろうと思ったエースは、どうしていいかわからなくなる。
「あ、そ、そうか。それじゃ、大将もごゆっくりどうぞー」
安心すればいいのか呆れればいいのか、エースは対処に困って早々に退散することにした。
そんなエースを、いつもなら何かと突っかかってくるのにと、ヒューゴは不思議そうに見送る。
だが、切り替えの早いヒューゴはすぐに、まぁいっか、と思い直した。
風呂場に着くと、目が合ったゴロウにヒューゴは手招きされた。首を傾げながら近付くと、ゴロウは真剣な顔で言う。
「お前は頼むから、フーバーを風呂に入れないでくれよ!!」
常々フッチがブライトを湯船に入れると悩んでいたゴロウ。つい最近、今度はフランツがルビを湯船に入れてしまったらしい。
「入れないよー。だってフーバーはお風呂に入ったことないもん」
ヒューゴはゴロウを安心させてあげようと、そう言った。
しかしゴロウは、だからいっぺん入ってみる?とかヒューゴがフーバーに言い出さないか、心配になる。
ゴロウはだから、
「とにかく、ホントに入れないでくれな!!」
と、ヒューゴにというよりはむしろゲドに、そう言った。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ではないが、ゲドがするなと言ったらヒューゴは絶対にしないだろう。二人の力関係は、このビュッデヒュッケ城では余りにも有名だった。
「ホントに入れないってー」
軽く答えるヒューゴのうしろで、意図を読み取ったゲドが小さく頷いてくれたので、ゴロウはほっと一安心する。
そして、脱衣所で二人は服を脱ぎ始めた。
隣でゆっくりと服を脱ぎ始めるゲドを、ヒューゴはちらちらと窺う。それは、疾しい気持からでは、しかしなかった。
ヒューゴは十五歳の少年としてみれば充分鍛えられた体を持っている。だが、歴戦の戦士であるゲドと比べると、どうしても見劣りしてしまう。
それは当然なことだが、好きな人に体格でちっとも敵わないことが、ヒューゴは悔しいのだ。
だからゲドの体を正視出来ないまま、しかしヒューゴは当初の予定通り、いつものようにいろいろ話し掛けて楽しい時間を過ごした。
そして風呂から上がったヒューゴは、気を抜いていたせいで、うっかりゲドの体をもろに見てしまった。
ジンバやビッチャムのように、引き締まった逞しい体。
そんなゲドを見て、しかしヒューゴは劣等感ではない、違う何かを感じた。
濡れた髪はゆるくウェーブして肌に張り付き、その肌は湯上りで上気し、その上を滴が滑り落ちる。
ヒューゴは何故だか視線を逸らせず、その様をついつい凝視した。
「・・・・・・・・・ヒューゴ?」
そんなヒューゴを、ゲドが眉をしかめて怪訝そうな表情で見る。それから、ゆっくりと腕を伸ばしてきた。
ゲドの指がどんどんヒューゴに近付き、そして何故か、鼻の下を拭う。
「・・・・・・へっ?」
目の前に見える、ゲドの指に付着した、赤い液体。
次の瞬間、ヒューゴの意識は遠のいた。
後日。
「血が上に集まるようじゃまだまだだな、ってエースさんに言われたんですけど、どういう意味なんですか?」
「・・・・・・」
首を傾げて問い掛けてきたヒューゴの、無垢な瞳。
このままでいて欲しいという思いと、このままでいーのかという思いで、ゲドは非常に複雑な気分になった。
ゲドさんが発した言葉、「ヒューゴ」だけなんですけど・・・。(まぁ、いいか・・・?)
ガレカイ
「ガレオン殿、今日お風呂に入りにいってもいいですかー?」
一緒に夕食を食べていたとき、ガレオンにカイルがそう窺ってきた。
曰く、
オレの部屋、シャワーしかないんですよねー。たまにお風呂につかりたくなって、そういうときは普段は公共浴場に行くんですけどー。でも、ほら、昨日の今日だから、それは無理じゃないですかー。え、なんでって? 決まってるじゃないですかー、おとといガレオン殿が残した跡がまだ至るところに残ってるからですよー! 誰も男に付けられたなんて疑わないでしょうけど、なんか恥ずかしーし。だから、ガレオン殿の部屋には浴槽があるじゃないですかー、入りにいってもいいですかー?
「・・・・・・・・・」
そんなふうに言われると、ガレオンは黙って頷くより他なかった。
ガレオンに許可を貰ったカイルは、部屋に通されさっさと浴室に向かうと思えば、にこにこ笑いながらガレオンの腕を引く。
「ねー、せっかくだから一緒に入りましょうよー!」
「・・・・・・・・・」
最初からそれが狙いだったのか・・・とガレオンは思わず疑った。狭い浴槽で一緒に湯につかって、カイルがおとなしくしていられるはずがないと思う。
「あ、なんか疑ってません? 大丈夫ですよ、何もしませんってー!! 明日朝一で会議ありますもんね!!」
「・・・・・・」
会議の前日はしない、というのが二人の・・・というよりガレオンの決め事だった。その決まりに不満を持っているカイルは、口ではグチグチ言いながら、それでもいつも引き下がるのだ。
だからガレオンは、何もせずにただ風呂に入るだけ、と念を押した。そして、はーい!と返事したカイルと、結局一緒に風呂に入ることにしてしまう。
一緒に入ること自体に抵抗はないんだろうか、翌日会議がなけりゃお風呂でするのもありなのか、カイルが内心でそんな疑問をよぎらせていたことに、ガレオンはちっとも気付いてなどいなかった。
そんなわけで二人は風呂に入り、さすが女王騎士様の部屋の浴室は広く、そう窮屈な思いをすることもなく体や髪を洗った。そして長方形の浴槽に横並びで座って湯につかる。
「はー、気持ちいいですねー」
カイルは、さすがに二人で入ると少し狭い湯船の中で、それでも気持ちよさそうに可能な限り手足を伸ばした。
「やっぱりオレもお風呂付いてる部屋にすればよかったかなー」
悔いる声色で言って、それからガレオンに笑顔を向ける。
「ま、いっか。ガレオン殿、また入りにこさせて下さいねー」
「・・・・・・」
首を傾げて、上目遣いでねだるように。そうでなくても、立ち上る湯気で肌は色付き濡れている。
まるで誘われているような気分になって、しかしただ風呂に入るだけと言ったのは自分なので、ガレオンは気を逸らした。さっさと昂ってしまう若さが自分にないことに感謝する。
だが、カイルが「まるで」誘っている、のではないと、ガレオンは一瞬遅れで気付いた。
「・・・あのー、ガレオン殿ー」
まるで、ではなくずばり、誘っているのだ。
「なんかやっぱり、したくなっちゃったんですけどー・・・」
僅かに触れていた肩を、カイルは意図的に擦り付けてくる。
「・・・約束しただろう」
「そうですけどー・・・ね、ちょっとだけ、いいでしょー?」
「・・・・・・」
誘惑に負けて堪るか、とガレオンは溜め息をついて、熱を逃がした。
「いい加減にしないか」
そして低い声で不機嫌そうに言ってやる。
するとカイルは、眉を八の字に曲げ、それから器用に動いてガレオンに背を向けてしまった。
膝を抱えて俯いているそのうしろ姿を見ていると、ガレオンはなんだか申し訳ない気分になってくる。
健全な若い男ならこの状況でその気になるのも当然で、それなのに一緒に入った自分が悪かったかと思わされてしまった。
済まぬ、そう言おうとしたガレオンよりも先に、カイルが口を開く。
「・・・スイマセン」
「?」
てっきりカイルが怒るか拗ねるかしていると思っていたガレオンは、その謝罪の言葉に首を捻った。
「・・・約束したのにその気になっちゃって・・・呆れてますよね。オレってなんでこうなんだろう・・・」
気落ちした声で言ったカイルは、それからゆっくりと振り返る。ガレオンの様子を窺いながら体を動かし、そしてガレオンの肩におずおずと凭れ掛かってきた。
「・・・オレ、本当はこうしてるだけでも、充分幸せなんです」
ガレオンが嫌がる素振りを見せないので、カイルは力を抜いて体を預ける。
その様子はガレオンに、いじらしく映った。
「・・・カイル」
ガレオンは左腕はカイルに差し出したまま、自由な右手でそんなカイルの頭を撫でる。するとカイルはガレオンを見上げて、言葉通り幸せそうに微笑んだ。
このあと密着してるせいでジジィのほうがちょっとその気になりかけて・・・
とか続くネタがポロポロあるんですが。
長くなったので入らなくなりました。(そしてオチも何もない痛い話に・・・)
取り敢えずジジィが無意識にカイルに甘くなっててタチ悪いなぁ・・・とか・・・
ゲオカイ
「ゲオルグ殿がいない間に立派なお風呂ができたんですよー。今晩一緒に入りに行きましょうねー・・・・・・って、オレ言いましたよね!?」
「・・・・・・あぁ、聞いた」
数刻前のやり取りを忘れるほどゲオルグは耄碌などしていないようだ。頷くゲオルグを、カイルは睨み付けた。
「だったら、なんでこんな体勢になってるんですかー?」
「・・・いつものことだと思うが?」
ゲオルグは自分が組み敷いた男を不思議そうに見下ろす。
「えぇ、いつもだったらオレも、別に文句はないんですけどね」
「だろうな」
「・・・・・・」
妙に偉そうに頷くゲオルグは、この際軽く流しておくことにした。いちいち突っかかっていたら話が変な方向へ行かないとも限らない。
「だから、いつもなら、って言ってるじゃないですか」
「・・・久しぶりだからな、いつも以上に積極的でもいいくらいだと思うが」
「そーですね、オレもどっちか言うと、そうしたい心意気なんですけど」
「ならば何故とめる?」
「だから、言ったじゃないですか、今晩お風呂に入りに行きましょうって!!」
思わず声を荒げたが、ゲオルグは首を傾げる。
「・・・・・・わかるように話せ」
「・・・えぇ、ゲオルグ殿に遠回し・・・でもないんですけど、ズバリ言わなかったオレがバカでしたー」
カイルは盛大に溜め息をついた。
「今しちゃったら、今晩お風呂に入りに行けなくなるじゃないですかー。あ、この言い方でもわからないですか、そうですか」
「・・・お前、俺を馬鹿にしてないか?」
「してませーん。で、しちゃうと、どうせゲオルグ殿、跡付けちゃうでしょ?」
カイルが自分の胸元を指しながら言うと、ゲオルグは目をしばたたかせた。
「やっとわかりましたかー。まぁ、跡付けないんなら、してもいいんですけど。どうせ無理でしょー?」
「あぁ、無理だな」
「・・・・・・」
相変わらず変なところで自信満々な男だなと、カイルは半分呆れてゲオルグを見上げる。
「まーそういうことなんで、どいて下さいよ」
カイルがゲオルグの体を押し返しながら言うと、ゲオルグは首を傾げた。
「何故だ?」
「・・・・・・人の話、聞いてました?」
カイルはこめかみをひくりと引き攣らせる。
が、ゲオルグはそんなカイルの体をぐっと押さえ込み、しれっと答えた。
「何故俺が、そんな理由でおあずけを食らわされんとならんのだ」
「・・・ひ、ひどいですよー! 久しぶりに会ったからゆっくり湯につかって語り合いたいっていうオレのささやかなお願いを叶えてくれたっていいじゃないですかー!!」
切々と訴えたつもりのカイルを、しかしゲオルグは一刀両断する。
「断る」
「・・・・・・」
短くも意志の篭ったゲオルグの返答に、カイルは一瞬目を見開いて思わず停止した。
「・・・・・・お、横暴ー! 人のこと一体なんだと思っ」
それからゴーゴー非難しようとしたカイルは、しかしゲオルグに口を手で塞がれ、言葉を封じられる。
「むがーむご、んがが!」
それでもその手を引き剥がそうともがきながら、カイルは声を出せないなりにゲオルグへの非難を続けた。
そんなカイルを少し呆れたように見下ろしながら、ゲオルグはしかし真剣な口調で言う。
「お前も何度も言っていたように、こうしてお前を目の前にするのは久しぶりなんだ」
「むが?」
「だから、あとのことは考えずにだな」
「・・・・・・」
「俺は、とにかく今すぐ、お前を抱きたい」
「・・・・・・・・・」
ゲオルグは言いきってから、カイルの口を解放した。が、カイルの口から言葉は出てこない。
ゲオルグの言葉には、カイルを丸め込もうという響きはなく、そこにあるのは真摯な願望だ。
直球でもたらされたゲオルグからの欲望まみれの愛情に、カイルは赤くなりそうになる頬を気力で抑え付けようとした。
だが、ゲオルグの表情を見るに、どうやらそれは失敗しているようだ。
ゲオルグはそんなカイルを見下ろして、問う。
「反論はあるか」
「・・・・・・・・・」
反論悪態、言いたいことはたくさんあるはずなのに。カイルの返事は、決まりきっていた。
「・・・・・・・・・・・・ないです」
途端、ゲオルグはほれみたことかと、なんとなく得意げな顔でカイルにニヤリと笑ってみせる。
だがそのゲオルグも、嬉しさで頬がゆるむのを、抑えられてはいなかった。
どっちもどっちじゃないかと、そんな自分たちがカイルはなんだかとても気恥しくなる。
益々顔が赤くなりそうになって、ごまかそうとカイルはゲオルグを引き寄せ、その肩に顔をうずめた。
ゲオルグが相変わらず変な人に書けたので満足です!(笑)
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