ゲオカイ(ゲオルグが変で変態です・・・!)
「ところで、カイル」
「・・・・・・はぁ?」
突然部屋に入ってきて、このセリフ。何が、ところで、なのかカイルが不思議に思うのも当然だろう。
だがカイルは、そこは気にしないことにした。細かいことにこだわっていたら、この男の相手などマトモに出来やしないのだ。
カイルは軽く溜め息つきながら、勝手にゆったりとソファーに掛けるゲオルグ向かいに座った。
「で、なんの用ですかー?」
「お前も知っての通り、明日は俺の誕生日だ」
「・・・・・・すいません、初耳なんですけど」
いつでも何故か無駄に自信満々なのが、ゲオルグなのだ。そこは流して、一応好きな相手の情報に、カイルもへぇ〜と思った。
だがゲオルグは、そんなカイルを措いて話を進める。
「で、お前も俺を祝う為にいろいろ考えてくれとるんだろうが」
「・・・いや、だから、初耳だって言ったじゃないですか・・・」
「俺は別に、高価な贈り物とか、凝った演出とか、そんなものを期待してはいない。あぁ、誤解するな。お前の気持ちは嬉しいがな」
「・・・・・・」
だから、明日誕生日だなんて今初めて知ったわけで、だからプレゼントとか考えてるわけないでしょうが。そもそも、事前に知っていたとしても、そんな手の込んだこともしません、ゲオルグ殿にはチーズケーキ1ホールで充分でしょう。
カイルは言いたいことがたくさんあったが、面倒なので口を噤んでおいた。
「はいはい、じゃあオレは何をすればいいんですかー?」
どうせ何をして欲しいか考えてるからこの部屋に来たんだろうと、カイルはゲオルグを促す。するとゲオルグは、そういえば部屋に入ってきた当初から握っていたこぶしを、カイルの前にずいっと差し出した。
「?」
「受け取れ」
「はぁ・・・」
カイルも手を差し出し、ゲオルグの手の真下に持ってくると、ゲオルグのこぶしが開かれる。そしてカイルの手の平にはらりと落ちてきたのは、細長いリボンだった。真っ赤で、よく見れば淵には細かい細工が施され、その生地はおそらく絹だろう。
とか、そのリボンの形状なんかはどうでもよく。
「これが・・・なんですか?」
「わからんか?」
「はぁ、ちっとも・・・」
話の流れからたぶんゲオルグの誕生日に何か関係があるのだろうが。このおそらくプレゼントの包装用のリボンを使って何をして欲しいかなど、カイルには全然わからなかった。まさかプレゼントにはこのリボンじゃないと嫌だなどと言うわけではないだろう。
ゲオルグは、何故わからん、と言いたげに溜め息をついてから口を開いた。
「それは充分な長さがあるだろう? そうだな、服の上からでも構わんが、素っ裸に、というのも捨て難い」
「・・・・・・」
やっぱりわからない。いや、なんだか嫌な予感はしてきた。ゲオルグはときどき、とてつもなく変態くさくなるのだ。まさか、と思った次の瞬間、いやゲオルグならば考えかねない、と思い直してしまうのが悲しいカイルだ。
「あの・・・このリボン、巻けばいいんですか?」
「他に何がある」
「・・・その、巻くものってもしかして・・・オレ・・・だったり・・・?」
「他に何がある」
「・・・・・・・・・・・・」
つまりゲオルグは、カイルが体に・・・出来れば裸の体にリボンを巻き付けて、「ゲオルグ殿、誕生日おめでとうございますー! プレゼントはオレでーす!!」とでも言うことを期待しているのだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
カイルはどう反応していいかわからず、ゲオルグをおそるおそる見返す。ゲオルグは、至極真面目な表情をしていた。
「・・・あの、それって嬉しいですか・・・?」
カイルなら、たとえば部屋に入ってそんな光景が待っていたら、思わず扉を閉じて立ち去ってしまうだろう。可愛い女性がやってくれるなら歓迎するが、成人男性がやっているとなると、正直、ひく。
だがゲオルグは、やはり真顔で、きっぱり答えた。
「あぁ、嬉しい。だからこうして頼んどるんだろうが」
「・・・」
だからなんでそんな堂々としてるんですか、とカイルはいつもながら不思議でならない。だが、その頼み自体は、とてもゲオルグらしい気がした。変態的嗜好の持ち主であるゲオルグに、とても相応しい。
いつも結構な確率でそれに付き合わされることになってしまうカイルは、しかしいつものように取り敢えず抵抗を試みた。
「あの、ゲオルグ殿、そんなバカみたいな真似、オレ嫌なんですけどー・・・」
「・・・お前は、俺の誕生を祝う気がないのか?」
「それとこれとは別問題でしょーが! とにかく、嫌です!」
論点をすり替えようとするゲオルグに、カイルは乗せられて堪るかと思う。だがゲオルグも、退かなかった。
「・・・一年に一度の誕生日くらい、俺の要望に応えてくれてもいいじゃないか。お前の俺への愛は、その程度のものなのか・・・?」
「・・・・・・」
何が年に一度ですか、しょっちゅう付き合ってやってるアレやコレは一体なんなんですか。そう思ってカイルは、ゲオルグの要望通りにしてきてしまったアレやコレを思い出す。
そうすると、あれもしかして体にリボンを巻き付けるくらいたいしたことない・・・?などと思えてきてしまった。
「・・・そんなにして欲しいんですか?」
「あぁ。プレゼントがお前だなんて、最高じゃないか」
「・・・・・・」
ゲオルグは相変わらず歯切れがいい。こんな調子で、カイルはいつもいつも丸め込まれてしまうのだ。そんなに言うのなら、まぁいいか、と。
それってどうなんだ、と勿論思う。思うがやっぱり思うどまりなのは、ゲオルグへの愛故・・・なのだろうか。
「・・・でも意外―。ゲオルグ殿はてっきり、オレよりもチーズケーキのほうが嬉しいのかと思ってました」
取り敢えずカイルは、うわぁオレってゲオルグ殿に超愛されてるー!と喜んでごまかして自分を納得させることにした。そんな愛され方をして嬉しいのか、という点については考えない。
「チーズケーキはフェリドに頼んである。女王騎士長様の用意するチーズケーキだからな、期待している。だからそれよりも、お前にはお前にしか出来んことをしてもらおうと思ってな」
「へー・・・あ、てことは、オレがリボン巻き付けつつチーズケーキあげたらさらに嬉しいんですかー?」
「・・・・・・」
半分投げやりに何気なく言ったカイルは、しかし次の瞬間、自分の発言を後悔した。ゲオルグが、右目を見開き、それからギラギラと輝かせたからだ。
どうやら何か、いいことを思い付いたらしい。おそらくきっと、カイルにとってはあまり喜ばしくないことを。
「・・・カイル、こういうのはどうだ?」
「・・・・・・な、なんですか?」
嫌々ながら先を促したカイルに、ゲオルグは相変わらずしゃあしゃあと自分の願望を口にする。
「女体盛り、というやつがあるだろう。あんなかんじで、こう・・・全身にチーズケーキを」
「イヤです!!」
何やら身振りをまじえて教えようとしたゲオルグを、カイルは堪らずさえぎった。
「まだ途中だろうが」
「なんとなく言いたいことはわかります!」
「・・・頼む」
「だからイヤですっ!!」
カイルは出来るなら、この変態!!と目の前のテーブルでもなんでもいいからゲオルグに投げつけたい気分になった。だが、無駄なのでそんなことしない。テーブルを投げてもゲオルグならかわすか打ち落とすだろうし、カイルに変態と言われるとゲオルグはむしろ興奮する・・・らしい。
「とにかく、体にリボンを巻くのだって本当はイヤなんだけど、でもやってあげるんですから! それ以上を求めないで下さい!!」
「・・・・・・どうしても駄目か?」
「だ、ダメです!!」
どことなく悲しげなゲオルグに、いつもうっかり絆されてしまうカイルだが、さすがに今回の要求を呑むことは出来なかった。
「・・・愛するものを愛でようとしとるのに、それが何故駄目なんだ」
「愛でるのはいいですけど、どーか別々にして下さい!」
どうしようもない呟きをもらすゲオルグに、カイルは辟易としてしまう。
チーズケーキが絡むと人が変わり、カイルが絡んでも人が変わるゲオルグだ。両方が絡むと、そりゃもうどうしようもない人になってしまうらしい。全く以てタチが悪い。
「・・・・・・ゲオルグ殿―」
カイルは溜め息をつくと、ゆっくり席を立ち、ゲオルグの隣に腰を下ろした。
「ゲオルグ殿は、オレだけじゃ不満なんですか? チーズケーキがないと不足なんですか?」
ゲオルグの肩に手を掛け、少し拗ねた表情で覗き込んで言ったカイルに対する、ゲオルグの返答はやはり明瞭なものだった。
「まさか、そんなわけないだろう」
カイルの髪を撫で、もう片方の手で背を抱き込みながら、ゲオルグは言う。
「お前がいれば、それでいい」
相変わらず真顔のゲオルグに、カイルは微笑んでから軽くキスをした。
「だったらオレだけで満足して下さい」
言いながらカイルはゲオルグにギュッと抱き付く。ゲオルグは、その返事の代わりにか、カイルの体をギュッと抱き返した。
ひとまず最悪の事態だけは避けられて、カイルはほっとする。チーズケーキで女体盛りもどきだなんて絶対にゴメンだ。
だがカイルは、同時に思っていた。チーズケーキを、たとえばあーんと食べさせてあげるとか、それくらいはしてあげてもいいかもしれない、と。勿論、赤いリボンを体に巻き付けた状態で、である。
そうやってカイルがある程度は許して受け入れてしまうから、ゲオルグの変態さに歯止めがかからないのだ。
そのことにカイルもゲオルグも果たして気付いているのか・・・どうかは、結局のところお似合いのこの二人にとって、たいした問題ではないだろう。
カイルが「プレゼントはオレでーす!」はありきたりかと思いまして。(それもどうかと・・・)
そのうちほんとにチーズケーキで女体盛りもどきをしちゃいそうな気がする二人でし た !
ガレカイ
それに真っ先に気付いたのは、カイルの同僚でも女友達でもなく、王子だった。
「あれ、カイル、それ・・・」
「あっ、気付いてくれましたかー、さすが王子っ!」
嬉々としてカイルは、より見え易いようにと髪をかき上げる。おとといまではなかった、細かい細工が施されたカフが、カイルの耳を飾っていた。
「うん、似合ってるよ」
「でしょー!?」
裏表のない王子の賛辞に、カイルは益々嬉しそうに顔を綻ばせる。
「オレの為に選び抜かれた一品、てかんじですよねー! だから余計に嬉しいんですよー!!」
今にも歌いだし踊りだしそうなカイルのセリフに、王子はまた聡く気付いて、じゃあと口を開いた。
「誰かからのプレゼントなんだね」
「はいー、その通りです!」
さっすが王子!とまたカイルは上機嫌で王子を持ち上げる。
だが、いくら鋭くても、王子はまだ子供だ。その耳飾りがかなり上質のものだということがわかっても、つまり贈り主がそれ相応の身分、財力を持った人間だろうことまでは推測出来ない。ここにサイアリーズでもいたら、今度はどこの貴婦人を誑かしたんだい?とでも揶揄ったところだろう。
そこまではわからなくても、しかし、王子にもそれが特別な贈り物だということはわかった。ただしそれは、カイルのとっても嬉しそうな様子だけで窺えることでもあるけれど。
「カイルの大事な人から貰ったの?」
「はい!」
幸せそうなカイルの空気にあてられて、つい微笑みながら王子が聞けば、カイルはそれ以上の笑顔を見せながら答える。
「オレの、大、大、大っ好きな人から貰ったんです!!」
「そう、よかったね」
「はい!!」
王子の前ではいつも笑顔で楽しそうなカイルだが、こんなにも、まるで蕩けてしまいそうなほど幸せそうなカイルは初めて見る気がした。一体誰がカイルにこんな表情をさせているのか、ちょっと気にはなったけど。
「あ、王子済みません、オレそろそろお勤めあるので失礼しまーす!!」
女王騎士のカイルにそう言われてしまうと、王子が引き止めるなんてことは出来ない。
跳ねるような足取りで歩いていくカイルの背を見送って、しかし王子は、よく考えたら追究してノロケを聞かされてしまうのはちょっと嫌なので、まぁいいかと思った。
話は一昨日にさかのぼる。
カイルはガレオンに、今晩部屋に来ないかと誘われた。翌日は休日だったのでカイルのほうから誘うつもりだったのだが、先を越される形になった。勿論、不満なわけなく、とてもかなりすごく嬉しい。
踊りだしそうな足取りで、カイルはガレオンの部屋に向かった。
「失礼しまーす、カイル来ましたー!」
元気に扉を開けると、ガレオンはベッドの上で何故だか正座をしている。カイルに気付いて腰を上げようとしたが、そんなガレオンにカイルは素早く駆け寄った。
ベッドに登って向かいに同じように正座すると、ガレオンも座り直す。なんだか妙に畏まった様子に見えた。カイルのほうもつられてちょっと緊張してしまう。
「・・・あのー・・・ガレオン殿・・・?」
いつも通り、会話しながら食事したり酒を飲んだり風呂に入ったりして過ごす、のとはガレオンの目的は違うように思えた。
思わず首を傾げて見上げたカイルに、ガレオンはゆっくり口を開いて用件を伝え始める。
「その・・・おぬしに・・・渡したいものがあるのだ」
「オレに?」
今までカイルがガレオンから何か貰い物をしたことなど一度もない。仕事に関係あるものなら勤務中に渡すだろうし、ということはガレオンが個人的にカイルに渡したいものだということになる。カイルは首を捻りながらも、期待でドキドキし始めた。ガレオンがくれるものであれば、なんであろうとも喜べる自信がカイルにはあった。
ガレオンは、部屋着の懐に手を入れ、そこから何かを取り出す。実は、カイルが前触れなく部屋に入ってきたから、手にしてどう渡そうかと考えつつ眺めていたガレオンは、思わずとっさにそこに入れてしまっていたのだ。だが、カイルはそんなことに気付かないし、さらに言うならそんなのどうでもいいことだった。
カイルはガレオンの持つ、手の平サイズの箱を凝視する。宝箱のようにぱかっと開けることが出来るようになっているその小箱を、ガレオンはカイルのほうへ差し出した。思わずカイルも手の平を上に向けて差し出すと、ガレオンはそこにゆっくりと箱を乗せる。
自分の手に納まった、決して重くはない箱を見つめ、それから顔を上げてガレオンを見つめた。
「・・・これを・・・オレに?」
「・・・・・・」
ガレオンはただ頷く。カイルはもう一度、手の内の箱を見下ろした。
蓋を開けると、そこには眩いダイヤモンドがあしらわれた指輪が輝いている。
「ガレオン殿・・・これって・・・!」
その指輪が意味するところは、一つしかない。途端に頬が紅潮し始めたカイルに、ガレオンはしっかりとした口調で言った。
「カイル、我輩と・・・添い遂げてはもらえぬか?」
「・・・・・・も、勿論、よ、よろこんで・・・!!」
答えながら、カイルは自分の目が潤んでくるのを感じる。だが、それでもしっかりと目で追った。ガレオンの右手が指輪をそっと掴み、左手がカイルの左手を恭しく取り、そして・・・
などと一瞬のうちに妄想したカイルは、はっとして思い直す。そんな展開、いろんな意味であり得ない。そしてカイルは、ガレオンの贈り物が何かには、実は見当が付いていたのだ。
「・・・開けていいですか?」
「うむ」
ガレオンが頷いたので、カイルはそっと手を掛け蓋を開く。どういうものが入っているか、なとなくわかっていても、やはりドキドキする。
そして眼下に現れたものに、カイルは目を見開いた。
「これ・・・」
耳につける装飾品、カフがそこに入っている。そういう類のものを想像していたカイルは、それでも驚きを覚えた。
よく見れば細かく綺麗な細工が施されているそのカフは、派手だったりゴテゴテしてなどいないが、どう見ても純金製だ。かなりの値打ちものだろう。
「同じ店で誂えてもらった」
同じ、というのはガレオンの耳飾りを作ってもらった店と、ということだ。ガレオンの耳飾りも同じく純金製だろうが、模様が彫ってあるぶんカイルの手元にあるカフのほうが値が張るだろう。しかもどうやらオーダーメイドだ。
「す、すごい・・・」
物質的に豊かだったとは言えない少年時代を送っていたカイルは、思わず値踏みするような視線でカフを眺めて溜め息をついた。それから、いや今はお金の問題じゃないと思い直す。
「・・・も、貰っちゃっていいんですか?」
よくない、と返されても困るが、カイルが確認すると、ガレオンはしっかりと頷いた。
カイルは自分のものになったカフをじっと眺める。びっくりしたのが勝っていたが、やっとじわじわ湧き上がってくる感情があった。
「・・・う、嬉しいです」
ガレオンがプレゼントしてくれたというだけでも充分なのに、こんなステキなものを、しかもわざわざ頼んで作ってもらって。
「嬉しいです、すっごく嬉しいですっ!!」
カイルはカフを箱ごと両手でぎゅーっと握りしめた。
「どうしよう、どうしようこれ! ・・・もう、家宝にします! 子々孫々まで大事にしますっ!!」
崇め奉りつつそのままどこかにしまい込んで封印でもしてしまいそうな様子のカイルに、ガレオンが口を挟む。
「・・・つけぬのか?」
「えっ? あ、あの・・・っ」
そんな恐れ多い!とか思うと同時に、しかしガレオンはつけてもらう為にくれたのだから、つけるべきだろうとも思う。というか、普通に付ければいいのだが。嬉し過ぎて軽く混乱しているカイルには、じゃあつけます、なんてこと出来なかった。
箱を握りしめて、顔を赤くしながら固まってしまうカイルに、ガレオンが手を伸ばす。小箱を拘束するカイルの手を解き、右手でカフを取り出して摘み、左手をカイルの顔に添えた。
「・・・っ!」
こうなると、カイルはガレオンの動きをただ目で追うしか出来なくなる。なんだか、さっきの妄想と似たシチュエーションだが、少なくともカイルの心境はほとんど同じだった。
目が潤みそうなほど気分が高揚して、緊張や期待でドキドキして、何よりも、嬉しい。
ガレオンの指が、カイルの左耳にゆっくりとカフをはめた。
「これならば、傷も付かぬだろう」
「・・・そ、そうですね」
だからわざわざ穴を開けずともすむカフを選んでくれたのだろう。カイルは益々嬉しくなる。
そっと、耳に触れてみた。ガレオンが自分の為にしつらえてくれたもの。
「・・・・・・似合います?」
自分ではわからないのでカイルが少し首を傾げて窺ってみると、そういえばこういう言葉をカイルに掛けたことがないガレオンは、しかし自分が作り出したシチュエーションなので、責任持って口を開く。
「・・・よう、似合うておる」
「!!」
次の瞬間、カイルは頬がゆるむのを抑えられなくなった。頬笑みながら、ガレオンに腕が伸びるのもとめられない。
「えへへ、嬉しいです、ありがとうございます!!」
言いながらカイルは、ギュッとガレオンに抱き付いた。そして、ガレオンの左耳、シンプルな耳飾りにこの前のようにキスをする。
「これって、オレたちだけにわかる、お揃い、ですね!」
同じ店で誂えた、耳飾り。他の誰にわからなくても、二人にだけはわかっているのだ。カイルは堪らなく嬉しい。
益々強く抱き付いたカイルだが、しかし気を変えて体を少し離した。ガレオンの顔を覗き込み、そして唇にちゅっとキスをする。一度だけでは足りず、何度も繰り返していると、そのうちガレオンもカイルの背に頭に腕を回し、しっかりと応え始める。
「・・・あ」
簡単に夢中になりかけたカイルは、しかしふと思い出して、また距離を少しとった。
「さっき言ったこと、やっぱり嘘です。子々孫々まで大事にする、って言ったの」
ガレオンの瞳を見つめて、カイルはふふっと笑う。
「だってオレ、子孫残す予定、ないですから」
囁くように言いながら、カイルは再度、ガレオンの古風な耳飾りにキスをした。
話はさらに数週間さかのぼる。
「ずっと思ってたんですけどー」
カイルはシーツの上を這って、ガレオンに近付いた。
「これ、カッコいいですよねー」
ひょいと伸ばしたカイルの手は、ガレオンの耳たぶを触る。正確に言うなら、耳たぶに下がっている耳飾りを、だ。
「ゴテゴテしてなくてシンプルだし、古風なかんじがガレオン殿にピッタリですね!」
言いながらカイルは、両腕をガレオンの首に回して上半身を預け、その鈍く光る金具を間近で眺める。
似合ってはいるが、自分を飾るということをしないガレオンが、体に穴を開けてまで身につけている装飾具だ。カイルはずっとその存在が気になっていた。おそらく髪留めを使う必要に迫られたときに、合せてしつらえたのか、それとも。
「・・・誰かからの贈り物・・・だったりー?」
問うカイルの口調は、どうしてもちょっと棘を含んでしまっていた。わかり易い嫉妬だ。
嫌でもそれが読み取れて、ガレオンは一つ溜め息をついてから口を開いた。
「そうではない」
「・・・ほんとですかー?」
唇を少し尖らせてさらに追及してくるカイルに、ガレオンは宥めるようにその背を二度ぽんぽんと叩いてから、教える。
「女王騎士になると決まったとき、髪留めと揃いで誂えてもらったのだ」
「へー」
カイルは勿論、たとえ誰かからの贈り物だったとしても、文句を言うつもりなどなかったが、やはりちょっとほっとした。そして途端に、男の王族と同じ左耳だけだなんてガレオン殿らしー!などと思ってしまうのだから、まことに調子がいい。
「てことは、これはもう何十年も愛用してるんですね。なんか羨ましーな!」
さっきまでとは打って変わってにこにこ笑いながら、カイルは耳飾りにちゅっと音をさせてキスをした。
そんなカイルにもう一度小さく溜め息をついたガレオンは、不意に、その腕を動かす。目の前に見えるカイルの耳たぶを、指先でちょいちょいと擽った。
「・・・おぬしは、つけておらぬのだな」
「え? あー」
話題を振られて、仮鵜が耳を飾っていないことを不思議に思ったことがあると、ガレオンは思い出したのだ。お洒落に気を使うカイルだし、フェリド様とお揃いー!などと言ってつけていてもおかしくない。
「それはー、ちょっと深刻な事情があるんですよー」
そう言いながら、悲壮さなど感じさせない口調でカイルは語りだした。
「むかーし、です。オレもピアスに憧れて、じゃあってことで他に方法ないから自分で針で穴開けたんですよー。そしたら、針が悪かったのか処置が適当だったせいか、傷が化膿しちゃってきて。かといって医者に見せる金もないし放っといてたら、どんどん大変なことになってって。おっさ・・・オレが当時ちょくちょく世話になってた人なんだけど、そのおっさんが気付いてくれなかったら、耳が見るも無残なことになってたかもしれない・・・ってことは、おっさんはオレの耳の恩人ってことになるのかなー? ともかく、そんなことがあって、だから耳に穴開けるのに抵抗があるっていうか、わざわざ開けることもないかなって思ったというか、そんなところですー」
深く解釈すればカイルの恵まれているとは言えない生い立ちが垣間見える話だが、それにしてもやはりどうにも深刻さに欠けていた。要約すれば、いろいろあったし特に気も進まないから穴開けてません、になるのだろう。
「・・・そうか」
要点を簡潔かつ的確に伝える、ということをなかなかしないカイルだ。それに慣れてしまったガレオンは、取り敢えず頷いておいた。
「そうなんですよー。・・・でも」
ガレオンの適当な相槌を気にした様子もなく、カイルは話を進める。
「ちょっと、考え直しちゃうかもー・・・」
ガレオンの耳飾りをつつきながら、カイルは少し首を傾げて言った。頬が僅かに赤くなっていて、言いたいことの方向性になんとなく予想が付く。
「ガレオン殿とお揃い、とか・・・いいなぁー」
やはりカイルの口から出てきたのは、とても成人男子の考えとは思えない言葉だった。瞳を覗き込まれてそんなことを言われると、少し呆れるものの、しかしなんだかそれ以上に嬉しさを感じてしまうガレオンだ。
「・・・・・・」
ガレオンは、目の前にそのときの傷など見当たらないやわらかい耳たぶにもう一度触れて、少し考えてから口を開いた。
「・・・わざわざ、開けることもなかろう」
「・・・・・・」
カイルは言ったガレオンを見返し、それからにっこりと笑う。
「ガレオン殿がそう言うなら、そうしますー!」
きっぱりと言って、カイルはその勢いのままガレオンの唇にキスし、頬にもキスし、そして頬摺りをした。
「ほら、オレたちがこうなってもうすぐ一周年だから、記念にいいなかーとか思ったんですけどー」
いつもの明朗な声より、少しふわりとした声色を、カイルはガレオンの耳元で聞かせる。
「別にいいかなって思えてきちゃいました。こうやってると・・・もうそれで充分です」
幸せそうに笑う気配を伝えながら、遠慮なく体を寄せてくるカイルを、ガレオンも自然と力が篭る腕で遠慮なく抱き返した。
設定資料集のカイルにカフが付いてるの見たときから書きたいネタでした。
二人揃って左耳に耳飾り・・・!と。
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