ヒュ+シザ 
(シザ→アル風味)


 そよそよと吹きぬける風と、穏やかに降り注いでくる日差しに負けて、シーザーが眠りに引き込まれようとしていたときだった。
「よう、シーザー」
 と、いつも無駄に元気な英雄様の声が聞こえてきて、シーザーはハァと溜め息をつく。この少年に見付かったということは、安眠を妨げられるということ、シーザーは経験で嫌々ながらわかっていた。
「なんだよ」
「隣、いい?」
 不機嫌さを隠さずシーザーが問えば、ヒューゴは隣にごろんと寝転んでくる。いつもだったら、すぐに相談なりなんなり切り出してくるというのに。
 訝しむ視線に気付いて、ヒューゴはシーザーに笑い掛けてきた。
「オレも、たまにはさ、息抜き」
「・・・・・・なるほど」
 草の上で大きな伸びをするヒューゴを見て、確かに英雄として頑張っている少年にはこういう時間も必要だろうとシーザーは思った。
 どうやら今日のヒューゴは安眠をじゃましてこなさそうで、シーザーはホッとして目を瞑る。
 が、眠りに引き摺り込まれる前に、シーザーの耳にヒューゴの声が聞こえてきた。
「なあ、そういえばさ、シーザー」
「・・・・・・・・・」
 おとなしく寝るんじゃないのか、と舌打ちしたくなりながら、シーザーは仕方なく少し付き合うことにした。無視すればそれですむ、相手ではない。
「何?」
「あのさ、シーザーってさ」
 そしてヒューゴは軽い口調で、思いっ切りシーザーの地雷を踏んできた。
「お兄さんのこと、名前で呼ぶんだね」
「・・・・・・・・・・・・なんだと?」
 まさかの思ってもいなかった話題に、シーザーはつい問い返していた。何か不吉な言葉が耳に入ってきた気がする。
「だから、シーザーはお兄さんのこと、名前で呼んでたなって。今、ふと思い出して」
「・・・・・・・・・・・・」
 どうして今それを思い出すのか、そしてそれを話題にするのか。信じられない思いでシーザーはヒューゴを睨み付けた。
「・・・それがどうした。名前で呼んで悪いか。おれの勝手だ。口出しすんな」
 目一杯素っ気ない口調で言ったシーザーに、しかしやはり、めげるヒューゴではなかった。
「でもさ、普通はお兄さんとか、兄貴って呼ぶんじゃないのか? なんかこだわりあるわけ?」
「・・・・・・・・・」
 ある。そりゃあ、ある。だがその事情を、こんなふうに寝転んで世間話のように話せるわけがなかった。長さ的にも、重さ的にも。
「・・・うっせーな。あいつのこと、兄貴だなんて思ってねー。だからだよ」
「そんなもんなのか? オレ、兄弟いないから、よくわかんないけど・・・」
「・・・・・・・・・」
 ヒューゴでなくても、兄弟がいるやつだってわかるわけないだろう、とシーザーは思う。自分がどうしてアルベルトを兄と呼ばなくなったのか。アルベルトを兄だと思えなくなった、あのときの自分の思いを。誰だってわかるわけないだろう。
「とにかく、あんなやつの話、すんじゃねーよ。せっかくの昼寝日和が、台無しだろ」
「・・・そうなのか?」
 首を傾げたヒューゴは、それからしばらく黙り込んで。シーザーはやっとこれで眠れるかと、そう思ったときに。
「・・・でもさ、シーザー」
 またヒューゴが話し始めるが、シーザーはもう無視してしまおうと思っていた。何を言われても、このまま眠りに逃避してしまおうと。
 だがシーザーは、そうすることが出来なかった。
「シーザーがお兄さんの名前呼ぶときさ、なんか・・・いつものシーザーと違う気がしてさ。本当は・・・だからちょっと、気になってたんだ」
「・・・・・・・・・」
 シーザーはドキリとする。ヒューゴは、わかっているわけではない。シーザーの心の中深くまで。
 だが確かに、それは正しい指摘だった。シーザーが、アルベルト、と呼ぶときに滲み出る特別な感情。その種類はわからずとも、その事実にヒューゴは気付いている。
「・・・・・・だったら、なんだよ」
 僅かに言い当てられた苛立ちのような、しかしそれとは少し違うような気も、シーザーはした。
「・・・だったら、って言われたら困るけど」
 ヒューゴは言葉通り困ったように眉を寄せてから、シーザーを見てくる。
「オレさ、たまに誰にも言えない愚痴とかさ、弱音とかさ。我慢出来なくなったら、フーバーに聞いてもらってるんだよね」
「・・・・・・・・・」
 だからなんだ、と見当がつくヒューゴの言葉を撥ね付けることが、シーザーは出来なかった。ヒューゴの真っ直ぐな瞳が、シーザーに茶化したり濁したりすることを許さない、ように見える。
「だから、オレでよければ、フーバーになるよ」
「・・・・・・なんだそりゃ」
 言いたいことはわかるが、言いようがあるだろうと、シーザーはつい呆れる視線を向けてしまった。
 するとヒューゴは、拗ねたような表情になってしまう。
「・・・どうせ、オレはシーザーみたいに頭よくないから、上手く言えないよ」
「・・・・・・・・・」
 確かに、表現はどうかと思うが。それでも、ヒューゴの気持ちが確かに心に届いてくるのは、英雄だからか。いや、だからこそヒューゴが英雄たるゆえんなのだろう。
「もーいいよ」
 ヒューゴは呟いて、ごろりとシーザーに背を向けてしまった。その態度は怒っているようでいて、言いたくないならいわなくてもいい、そして言いたいのなら言ってもいいと、伝えてきている。
「・・・・・・・・・」
 はぁ、と溜め息を一つ吐き出して。
 シーザーは、気付いた。本当は少し、誰かにこの気持ちを、聞いてもらいたかったのだと。
 ヒューゴがもう寝てしまっていて、すっかり聞いてなければそれでもいい、そう思いながら。シーザーはゆっくりと、口を開いた。



シーザーの対アル感情の種類は、お好みで・・・(笑)







ガレカイ 
(ED後、ロードレイク)


 月が綺麗に輝く夜、ロードレイクの湖に掛かる桟橋に腰掛けて。カイルとガレオンは、月見酒としゃれ込んでいた。
 月明かりの下で酒盛りなんてロマンティックだなーと、カイルはそれだけで気分がふわふわしてくる。
 ガレオンの杯が空になりそうなので、酒を注ぎ足しすと、お返しにカイルの杯にも酒が満たされた。ガレオンの趣味に合わせた辛口のお酒を喉に流し込んで、熱くなる体に夜風が堪らなく気持ちいい。
 堪らなく贅沢な時間を、ガレオンと共に過ごせる、そんな幸せをカイルは噛み締めた。
「明日も、晴れそうですねー」
「・・・そうであるな」
「じゃあ明日も、トーマ君に稽古つけてあげるんですかー?」
「うむ」
「へー、喜ぶだろうなー。トーマ君、ガレオン殿のことホントに尊敬してますもんねー」
「・・・・・・・・・」
 他愛ない会話をしていると、ふとガレオンがカイルを見つめてきた。何か、言いたそうだ。
「どうかしました?」
「・・・・・・」
 問い掛けるカイルにはすぐに答えず、ガレオンは少し酒を呷ってから。
「・・・もう、かような呼び方をしなくてもよかろう」
「・・・・・・と、言いますと?」
 見当はついたが一応確認してみると、ガレオンは丁寧に言い換えてきた。
「もう身分も関係ないのだから、殿を付ける必要はないであろう、と言っておる」
「・・・まあ、そうなんですけど」
 やはり、思った通りのことだった。カイルも、互いに女王騎士を辞めることになって、その辺のことに考えを及ぼしたことがあったのだ。
 だが結局、変わらずガレオン殿と呼び続けたのは、単純な理由からだった。
「でもオレ、ガレオン殿、で完全に慣れちゃってるんですよねー」
 カイルが女王騎士になってから、もう10年近くその呼び名で呼び続けている。どうやら、今さらもう直せそうもないのだ。
 とはいえ、ガレオン本人が、呼び捨てにしてくれも構わないと言ってくれたことは、カイルはとても嬉しかった。
「ありがとうございます! でもやっぱり、オレにとっては、ガレオン殿はガレオン殿なんですよねー」
「・・・・・・そうか」
 カイルが正直に言うと、ガレオンは納得したように頷く。その様子には、特にガッカリした様子はないなあ、とカイルはつい観察してしまった。
 というのもカイルは、ガレオンに呼び捨てにされたとき、とても嬉しかったのだ。
「ガレオン殿は、オレのこと初めて呼び捨てにしたときのこと、覚えてますー?」
「・・・・・・・・・」
 否定しない、ということは覚えているらしい、とカイルは判断して笑った。カイルも勿論、そのときのことはしっかりと覚えている。
「オレの頬に手を添えて、カイルって呼んで・・・そっとキスしてきたガレオン殿・・・今でも忘れられないです・・・」
「・・・・・・・・・」
 カイルがわざとうっとりした口調で言うと、ガレオンは少し気まずそうに杯を傾けた。
 その様子に、カイルの笑いはさらに深まる。
「で、それ以来、二人のときはカイルって呼んでくれるようになったんですよねー」
 ガレオンは仕事に私情は持ち込まず勤務中は常に毅然としていて。だからこそ、そんなガレオンにカイルと呼んでもらえる瞬間、それがカイルは大好きだった。
「ガレオン殿にカイルって呼ばれると、その間はガレオン殿の特別なオレなんだなって、なんか思えて。ほらオレって、特別とか、そういうの好きですから」
「・・・・・・・・・」
 相変わらずガレオンは、少し眉をしかめながら酒を呷っている。そんなガレオンの杯を、カイルはひょいっと取り上げた。
「もー、ガレオン殿、ちゃんと聞いてますかー?」
 何をすると言いたげなガレオンに、カイルは拗ねた口調で言う。勿論、ガレオンがちゃんと耳を傾けてくれていたことは、知っていた。
「・・・聞いておった」
「ほんとですかー? じゃ、オレがなんて言ったか、言ってみて下さいよー」
「・・・・・・・・・」
 そんなふうに促しても、ちゃんと聞いていたガレオンが言ってくれるわけないことも、カイルはよく知っている。
 そしてガレオンも、わかっているだろう。この会話が、要はカイルの口実作りなのだと。
「ほら、言えないじゃないですかー」
「・・・・・・カイル」
 ぷいっと視線をあさっての方向に向けたカイルは、ガレオンに名前を呼ばれると、もう半分はそれで機嫌を直して。さらにガレオンの手が、髪を撫でて梳いていけば、もう残り半分の不機嫌も飛んでいって。最後の抵抗とばかりに突き出している口を、そっと塞げば、カイルの腕は真っ直ぐガレオンへと伸びていくのだ。
「・・・・・・ガレオン殿」
 ガレオンの背中にしっかりと腕を張り付けながら、カイルはキスの合間に、囁き掛けた。
「そろそろ、家に戻りません?」
 さっきまでちょうどよかったはずの夜風が、ちっとも熱い体を覚ましてくれる気配がない。
「もうお月様とお酒は充分楽しんだんで、今度は違うこと、楽しみましょ?」
「・・・・・・・・・」
 カイルがにこりと笑って言うと、ガレオンはハァと溜め息をついて。仕方のない、などと言いながらカイルの髪を撫でてきた。
 月も酒も及ばない、贅沢な時間を、ガレオンと。カイルは幸せを噛み締めながら、ガレオンに微笑み掛けた。



ちなみに、ガレオンがカイルを呼び捨てにしたのは「ガレカイその8ー3」のときの話です。







ゲオカイ 
(まだただの同僚です)


「おはよーございますー」
 と、のんびりとした声で言いながら入ってきた男は、室内を見渡してゲオルグと目を合わせると、へらりと笑った。
「あ、やっぱり会議、終わっちゃってますねー」
「ああ、随分と前にな」
 全く悪びれない様子に、苦笑しながらもゲオルグは、今朝の会議が30分は前に終わったと教えてやる。
「あー、ちょーっと寝坊しちゃったんですよねー」
 そう言って笑う男、カイルにはやっぱり反省した様子が全くなかった。
 ゲオルグがこのファレナ女王国に来て、女王騎士になってカイルと同僚となり、まだ一週間も経っていない。それでももう充分、この男の人となりはゲオルグにもわかっていた。
 寝坊した、と言いながらもその服装にも髪型にも全く乱れがない。伊達男を気取って、人当たりはよく、職務にはちょっといい加減で、それでも一本通るものを持っていて。いかにもフェリドが好みそうな人物だ。
「やっぱり、アレニア殿とか、怒ってましたー?」
 カイルはゲオルグの隣の椅子に腰掛けながら、問い掛けてくる。
「ああ。かなり、な」
「やっぱりそうですかー。顔合わせると面倒だなー」
 少しも困ってなさそうな口調で言ってから、カイルは頬杖つきながらまた問い掛けてきた。どうやら、暇らしい。とはいえそれは、ゲオルグも大差ないのだが。
「ところでゲオルグ殿、今何してるんですかー?」
「特に、何も。空き時間だ、30分ほどな。カイル殿は?」
 一応流れからゲオルグも聞いてみると、カイルは相変わらずの抜けた口調で答えを返してきた。
「オレも、暇してますー。フェリド様からお声が掛かるまで、待機中ですねー」
 決して自分から仕事を探しにいかない辺りがカイルらしい。とはいえゲオルグだって、自分が真面目な人間だとも思っていないから、指摘はしないが。
「あ、そうだ、ゲオルグ殿!」
 何をしようか考えている様子のカイルが、不意にぱっとゲオルグを見つめてきた。
「ずっと、言おうと思ってたんですけどー」
「なんだ?」
 聞き返したゲオルグに、カイルはニッコリ笑って言ってくる。
「あのですねー、オレのこと、カイル、でいいですよー?」
「・・・いや、しかし」
 女王騎士同士は殿付けで呼び合っているから、ゲオルグもそれに倣ったまでなのだが。
「あの人たちは、いーんですよ、みんな生真面目なんだから。でも、ゲオルグ殿はオレより年上なわけだし、だから呼び捨てでいいですよ?」
「・・・・・・」
 その言い振りをみるに、どうやらカイルはゲオルグを自分と同じタイプと分類しているらしい。まあ実際、女王騎士の中ではそうだろうから、ゲオルグもわざわざ訂正することもないだろうと思ったが。
「それに、こっちの理由のほうが大きいんですけどねー」
 カイルはそんな切り出しで、確かにゲオルグも納得してしまう理由を挙げた。
「ゲオルグ殿はフェリド様のこと、呼び捨てにするじゃないですかー。それで、オレが殿付けて呼ばれるのが、なんか落ち着かないんですよねー」
「・・・それは・・・そうかもしれんな」
 フェリドを様と付けて呼び慕っているカイルにしてみれば、当然の主張だろう。ゲオルグも頷くしかない。
「わかった。これからはカイルと呼ばせてもらおう」
「はい。うん、そのほうがやっぱ、自然ですねー」
 満足したようにこくこくと頷くカイルに、ゲオルグもだったらと言ってみた。
「お前も、俺のことはゲオルグで構わんぞ」
 遠慮はいらん、と言わずともカイルはじゃあそうします、と言ってくるとゲオルグは思ったのだが。
「それは、ダメですよー」
「・・・・・・何故だ?」
 予想外にカイルが拒否してくるもんだから、ゲオルグはつい首を捻った。カイルは笑いながら、当然のような口調で語る。
「だって、ゲオルグ殿は先輩ですもん。年齢のことだけじゃなくて。オレ、ゲオルグ殿の強いところとか生き方とか、尊敬してるんですよねー」
「・・・・・・・・・」
 そう率直に言われれば、勿論ゲオルグも悪い気などしない。だが思いもしない好意の言葉に、少し気恥ずかしいような気もして、ゲオルグはごまかすように言い返した。
「意外と、きっちりした優等生なんだな」
 そういえばフェリドの例でわかっていたことではあるが、敬意を持っている相手に対しては礼儀を重んじるらしい。ゲオルグとしては、褒め言葉として言ったつもりだったのだが。
「いーえ、そうでもないですよー。ゲオルグ殿の、思ってる通り」
 意外と、とつい付けてしまったところをカイルは面白がるようについてきた。
「いや、すまん・・・そういうつもりでは」
「いいんですってば。むしろオレ、自称不良騎士ですからー」
 カイルはそう言って、それを証明する為なのだろうか。テーブルに腕をついて、ゲオルグのほうへと身を乗り出してきた。
 そして、ゲオルグへと、チュッと軽いキスを一つ。
「・・・・・・・・・」
 唇に触れた感触に、ゲオルグはつい驚いて目を丸くしてしまった。そんなゲオルグの視線の先で、カイルは悪戯小僧のような笑顔を浮かべている。
「オレって無類の女好きなんですけど・・・実は、ゲオルグ殿みたいな男性も、結構好みなんですよねー」
 なんて、冗談か本当かわからない口調で言って、カイルはゆっくりと椅子から立った。
「じゃ、オレはナンパにでも行ってきますねー」
 にっこり笑って、カイルはひらりと飾りタスキをなびかせながら部屋を出ていった。
「・・・・・・なるほど、不良騎士か」
 それを見送ってから、ゲオルグは苦笑気味につい呟く。確かに本人の言う通り、やんちゃで一筋縄ではいかない男のようだ。
 とはいえゲオルグは、そういうタイプが苦手というわけでも嫌いというわけでもない。少なくとも、カイルに対する興味がぐっと湧いてきていた。
 あと10分は、時間がある。人生の先輩として、ますはさっきのお返しをどうしてやろうかと、考えていくゲオルグだった。