・・
1:遠い国からこんにちは
四方を海に囲まれた島国。他国に攻められることもなく気候も穏やかなこの国は、おかげでとても呑気な国だった。
「王様、どうやら異国の人が流れ着いたみたいなんですが」
王宮での朝の会議みたいなものの途中で、役人が呑気な声を上げて入ってきた。
「ほう、めずらしいこともあるもんだな。連れてきているのか?」
この国の王様フェリドは、驚きながらも呑気な声で問う。
国の歴史書にはしばしばそうやって流れ着いた人の話が出てきたが、フェリドもこの場にいる人もまだそんな事態に遭遇したことはなかった。
「はい。言葉が全く通じないみたいなんですけど、一応」
そう言いながら役人は、ドアの外に体を半分出して手招きする。
そして入ってきた人物に、その場にいた人はみんな思わず感嘆の声を上げた。
長身で二十過ぎくらいの男。見掛けは特に変わったところなどない普通の人だった。ある一点を除けば。
「ほほう、これはめずらしい。というか、初めて見たな」
感心したように言うフェリドの視線も、みなと同じようにその人の髪に注がれていた。漆黒の、髪に。
フェリドの言った通り、この国の人は黒髪の人間を見るのは初めてだった。金髪や銀髪や茶髪、この国の人は様々な色合いの髪をしているのだが、黒髪の人だけは何故かいないのだ。
みなに興味津々な目線を注がれて、それでも男は全く動じたふうでもなく突っ立っている。その様子に、フェリドはハッとこうやってめずらしがってばかりもいられないと気付いた。
「ええと、どうしたものか。どこから来たか・・・なんて、言葉通じないから聞けないしな・・・」
王様は顎に手を遣って少し考えていたが、ふと隣に座る息子に目を向ける。
「誰か迎えが来るまで、おまえが面倒をみてやってくれ」
「・・・えっ、オレ?」
突然そう言われて、青年はそれまで男に向けていた視線をフェリドに移した。
「言葉も教えてあげて、ついでにおまえももう少しちゃんと言葉を覚えるといい。わかったな、カイル」
常々何かにつけてアホな息子を心配していたフェリドは、これで少しはましになるかもしれないという期待を込めながら、そう決定する。
「はーい」
カイルはそんな父親の気持ちに気付いているのかいないのか、呑気にそう答えた。そして男のほうに寄っていき、見上げる。
「そういうことらしいから、よろしくお願いしますー」
笑顔でそう言ったカイルに、男は当然のことながらなんと言っているかわからず答えない。
「・・・カイル、言葉が通じんと言っただろう」
どうして返事がないのか不思議そうなカイルに、フェリドは呆れながらもそう教えた。
「あ、そうだった。じゃ、えーと・・・」
困ったように男を見上げていたカイルは、なんとか弱い頭を働かせる。カイルはしばらく考えていたが、ふと思い付いたらしく、笑顔に戻って手を差し出した。握手なら国や言葉が違っても大丈夫ではないかと思ったのだ。
そしてどうやらそれは正しかったらしく、男はその右手を同じように出してくる。カイルはその手をぎゅっと握ると、そのまま手を引っ張ってドアに向かった。
「じゃあ、オレ早速仲良くなってきますねー」
そう言って出て行くカイルに引き摺られるように、ちゃんと中の人に軽く礼をしつつ男も出て行った。
その様子に、フェリドはカイルに任せてしまってよかったのか、早くも不安になってしまった。
カイルは取り敢えず自分の部屋に連れていこうと手を引いて歩き、男もそれに逆らわずついていく。
その間も、すれ違う人たちは男にやはりめずらしそうな視線を送っていた。
カイルは髪の色が初めて見るものだからだと思い男に目を遣ったが、そこでそれだけではないのだと気付く。髪の色にどうしても目がいってしまっていたが、その服装も充分この国ではめずらしいものだったのだ。
この国の服はボタンを使った上着に男性ならズボンなのだが、男が着ているのはガウンのような前を合わせただけのものに、下はスカートのような襞の付いたものをつけている。
カイルはものめずらしくて上から下まで無遠慮に見ていたが、ふとその服が少し湿っているのに気付いて、そういえば流れ着いたんだったと思い出した。
四方が海に囲まれているのだから当然それは海からなわけで、この国のあたたかい日差しのおかげでかなり乾いたのだろうが、それでも早く着替えたほうがいいだろうと、アホなカイルでもそれくらいは気が回った。やはり今気付いたのだが、裸足なのもおそらく靴がどこかに流れてしまったのだろうと予想が付く。
なのでカイルは、丁度通りかかった侍女に着替えを頼んだ。そしてやっとついた自分の部屋に入って、ずっと握っていた手を離す。
「えっと、えーっと・・・」
仲良くなると言ってこうして自分の部屋に連れてきたはいいが、いざ向き合うとカイルは言葉が通じないのでどうしていいか困る。
「えーっと、オレの名前はカイルですー」
取り敢えずは名前を伝え合いたいと思い、カイルは自分を指しながら何度も「カイル」と連呼した。そして、今度は男を指して首を傾げ、尋ねているのだということを表現する。
すると男はしばらくカイルの行動の意味するところを考えていたが、なんとかわかったらしく口を開いた。
「ゲオルグ」
「ゲオルグ?」
小さく呟くように言ったその言葉に、カイルは男のほうを指して確かめるように繰り返した。男はそれに頷いて、肯定する。
「ゲオルグ!」
カイルは意思の疎通が出来たのを嬉しく思って、笑顔でその名前を何度も口にした。そうしているうちにカイルは、相手にも自分の名前を読んで欲しいと思って、自分を指差す。
その意図を読み取ってゲオルグは口を開こうとしたが、しかし違う声がカイルの名を呼んだ。
「カイル様、着替えお持ちしましたー」
それは先ほどの侍女で、手には言葉通りに男物の服と靴を持っている。
「あ、ありがとー」
カイルは笑顔で嬉しそうに受け取って、それをゲオルグに渡した。
「これ、着替えですー」
ゲオルグはカイルが言いたいことはわかったが、初めて見る服に少し戸惑う。服を手に取ったまま動かないゲオルグに、カイルは頑張って頭を働かせて、戸惑いの理由とその解決法を考えた。
「ゲオルグ、こうです」
カイルは思い付いて、着ている服を素早く脱いだ。そして、それを今度はゆっくり着ていく。
ゲオルグが着方を迷っているのだと考えたカイルは、自ら着てみせることで教えようとしているのである。
ゲオルグはそれを見て、着物を脱ぎカイルがしたように服を身につけた。
その体にぴったりする着心地にゲオルグはどうしても違和感を感じたが、それは慣れるしかないだろうと思って、カイルに目を遣る。
「・・・カイル」
ゲオルグが脱いだ服を興味深そうに見ていたカイルは、初めて呼ばれた自分の名に顔をぱっと上げた。
「・・・・・・サマ?」
続けられたその言葉に、カイルはそういえばさっきの侍女には当然のことだが様付けて呼ばれたなと思い出す。ゲオルグがそれが敬称だと気付いているのか、それとも名前の続きだと思っているのかはわからないが、おそらくどちらで呼ぶのか迷っているのだろう。
「カイル」
カイルは少し考えてからそう答えた。
カイルはこう見えても王子という身分にあるわけで、当然家族以外にカイルを呼び捨てにする人はいないし、出来る人もいない。
そしてカイルは今まで様付けで呼ばれることに抵抗感を持ったことはなかったが、しかしなんとなく、ゲオルグには呼び捨てにされるほうが嬉しい気がした。
「・・・カイル」
ゲオルグは言われた通りに名を呼んだ。カイルはやっぱりそのほうがいいやと、笑顔になる。
そんなカイルの顔を見て、ゲオルグは口を開いた。
「カイル、―――――」
「えっ?」
ゲオルグはカイルの名前以外にも何か言った気がしたが、カイルには聞き取れなかった。しかし聞き返すカイルに、ゲオルグは口を閉ざしてもう開かない。
「・・・むー」
カイルは三歩歩くと忘れるという鳥頭だ。怒っても悲しくても、大概のことはすぐに忘れてしまう。
しかし、カイルは今自分が感じている悔しさは、そう簡単には消えそうにない気がした。悔しさというよりも、もどかしさが。
「よーし、絶対ゲオルグをぺらぺらにしてみせよー!」
カイルはこぶしを握り、張り切って言った。
張り切っても長続きしないことが多いカイルだが、やはり今回は何故か頑張れる気がした。
カイルはゲオルグを見上げてにこっと笑う。
アホなカイルがちょっとはましになるかもしれないというフェリドの期待が叶うかどうかはわからないが、ともかくカイルがやる気になったことだけは確かだった。
END
------------------------------------------------------------------------------
設定紹介、みたいな話になりましたが。
実はこれ、昔オリジナルで書いてた話を、そっくりゲオカイに置き換えたものになります。
(受攻を逆にしてますが)(でもそれなのに、ほとんど手を加える必要もなかったという・・・)
ちなみに、ゲオルグが最後に言ったのは、「ありがとう」です。
あ、カイルがなんで丁寧語なのかは、スルーの方向で・・・!(笑)
ところで、ゲオルグが着てた服は着物に袴だったんですが・・・やっぱりあれだったんですかね・・・・・・フンドシ・・・!!