4−1話:ついに芽が出る
四方を海に囲まれた島国。他国に攻められることもなく気候も穏やかなこの国は、おかげでとても呑気な国だった。
カイルは、とてもそうは見えないが、一応その呑気な国の王子なのである。だから他の国ほどではないが、それなりに王族としての教育もちゃんと受けている。
そして、数日前に十八歳になったカイルには、もう一つ勉強することが増えるのだ。
「・・・・・・・・・」
カイルは少々緊張してベッドの上に正座していた。
しばらくそうしていると、部屋の扉が開き、二十歳ほどの女性が入ってくる。そしてその女性はカイルに向かい合うようにベッドに座った。
カイルが習うこと、それはいわゆる閨房術というものである。この国では王族は十八になったら実地で教わることになっているのだ。ちなみにその相手は、大抵の場合この国に一軒だけある娼館の女性に頼むことになっていた。今日カイルの相手をするのも、そこで働いているアニエルという女性だ。
「・・・あ、あの、よろしくお願いしますー」
どうしても気が引けながら言ったカイルに、アニエルは明らかにテンション低く返した。
「・・・・・・よろしく」
「・・・なんか、やる気ないですかー?」
「当たり前じゃない。役目とはいえ、こんな子供相手に」
アニエルは窺うように聞いたカイルに、ずばっと答える。本当に相当嫌なのだろう、一応王子のカイルに向かってこの口の利き方である。だがカイルはそんなことを気にする性質ではなかった。
「子供って・・・オレ一応もう18なんですけどー・・・」
「年齢が十八でも、中身は明らかにそれ以下じゃない。まさか自分で自覚ないの?」
「・・・そ、それは・・・ないこともないですけど・・・」
周りにこんなふうにずけずけ言ってくる人がほとんどいないので、カイルは自然と身を縮こまらせながら返事した。しかしアニエルは少しもそのトゲを引っ込めようとしない。
「だいたい、そりゃああんたみたいなのが好みな女もいるかもしれないけど、私のタイプじゃ全然ないのよ」
「じゃあ、どんな人がタイプなんですかー?」
なんの為にベッドで向かい合っているのか、二人とも明らかに見失いつつ会話は続く。
「そうねえ、大人っぽくて頼りがいがあって聡明で、体つきもしっかりしていて・・・」
「・・・それって、オレと正反対のようなー・・・」
「だから、全然タイプじゃないって言ったじゃない」
そこでアニエルはカイルのほうをじーっと見て、そして溜め息をついた。
「あーあ、なんで相手があんたなのかしら」
「そ、そんなふうに言うことないじゃないですかー」
少し拗ねたように言うカイルを放っておいて、アニエルは視線を泳がせてまた溜め息をつく。
「あぁ、相手があんたじゃなくてゲオルグさんだったら、私もちゃんと気合が入るのになぁ・・・」
「・・・っえ、げ、ゲオルグっ!?」
突然出てきた名前に、カイルはなんだか少々動揺した。
「そうよ。だってゲオルグさんは、ちょっと怖そうだけど大人っぽいし強いし、それにあぁいう人ほど意外と優しかったりするもんだし」
「そ・・・そうですかー?」
楽しそうに語るアニエルに、カイルの返事は何故だか消極的になる。
「何よ、いっつもゲオルグさんのこと自慢してるのはあんたのほうじゃない」
「そ・・・そうですけどー・・・」
確かにアニエルの言う通りだったが、しかしカイルはどうもしっくりこなくて眉をしかめる。
「そうよ、あんたゲオルグさんと一番仲が良いんだから、どんな子が好みなのか知らないの?」
「えっ、そ、そんな話しないしー・・・」
「なんだ、使えないわね。あーあ、ゲオルグさんのお嫁さんになるのって、どんな人なのかしら」
アニエルはまたしても溜め息をつきながら言った。そのセリフに、カイルもまたしても動揺する。
「げ、ゲオルグ結婚するんですかっ?」
「そりゃあ、将来的にはするんじゃない? ずっとこの国にいるんだったら」
「そ、そうです・・・かー・・・?」
カイルは何故だか口ごもってしまう。そんなカイルなど気にも留めずに、アニエルは何度目かの溜め息をついた。
「で、なんだか話しているうちに時間経っちゃったけど、どうする?」
問い掛けるような視線を送るアニエルに、カイルはなんのことを言っているのかわからなくて首を傾げる。
「あんた、一体私がなんの為にここに来たと思ってんのよ」
「あ、そうでしたー」
言われてカイルはハッと思い出した。
「まぁ、私はもうそんな気なんて全然なくなっちゃったっていうか、そもそもなかったっていうか。あんたもそうだろうから、今度にでも教えてもらいなさい」
「はいー、オレももう眠くなってきたし・・・自分の部屋に戻りますー」
追い払うような仕草をするアニエルに、カイルは軽く手を振って部屋を出た。
そんなふうに、カイルの初めてになるはずの夜は、結局何をするでもなく終わってしまった。
ただカイルに、僅かなわだかまりを残して。
次の日、朝食が終わって部屋を出ようとしたカイルは、フェリドに手招きをされた。カイルは丁度ゲオルグの腕を掴んでいたので、そのまま一緒にフェリドの元に向かう。
「なんですかー?」
怒られるようなことはしていないはずだと、ちょっと心配になりながらカイルは首を傾げた。
「・・・カイル、昨日のことは聞いたぞ。まあ、おまえも若いんだから、あんまり気にするな!」
「・・・・・・へー?」
フェリドはなんだか気の毒そうに言うが、カイルはわけがわからない。
「なんのことですかー? 何聞いたんですかー?」
「いや、その、おまえが、これからというときに・・・役に立たんかったと」
はっきり言うと傷付けることになると思ったのか、フェリドは遠回しに言う。しかしカイルは、全く身に覚えのないことなので驚いた。
「そ、そんなこと誰に聞いたんですかー!?」
「それを知っているのはアニエル以外にいないだろう。昨夜わざわざ知らせにきてくれてな。まあ、おまえらしいといえばらしいかもしれないが。なあ、ゲオルグ!」
フェリドは今度は笑い話にしてしまおうと思ったらしく、明るく笑ってゲオルグに話を振った。
それを受けてゲオルグが自分に目を向けたので、カイルは慌てる。
「そ、そんなのウソですよー! オレたちなんにもしてないですもん!!」
「ははは、隠すことはないだろう。まあ、これから頑張ればいいんだ!」
誤解を解こうとしたカイルに、フェリドはにこやかに励ましの言葉を掛けて去っていってしまった。
「・・・・・・」
そのうしろ姿をカイルはがっくりしながら見送った。フェリドはどうやらアニエルが言ったことを信じてしまったらしい。
どうしてアニエルがそんな嘘をついたのか、それはたぶん自分への嫌がらせなんだろうとカイルはなんとなく思った。
「はー・・・・・・はっ」
溜め息をついたカイルは、はっと隣のゲオルグの存在を思い出す。
「げ、ゲオルグ、オレほんとに何もしてないですからー!」
「・・・・・・あぁ」
訴えるように言ったカイルに、ゲオルグは少し不思議そうに頷いた。そもそもそうするのが当たり前なのに、してないと言い張っているのだから、変に思うのは当然だろう。
しかしカイルは、なんだかしたと思われたくなかったのだ。ゲオルグに、何故だか。
「・・・それより、ゲオルグ」
カイルは一応誤解も解けたので、さっきついでに思い出したことを聞こうと思った。
「ゲオルグは、け、け、けっ、けっこ・・・」
「・・・・・・?」
言葉を詰まらせまくって鶏のような声を出すカイルを、ゲオルグは再び不思議そうに見下ろす。
「け、結婚っ・・・・・・って、なんのことかわかりますかー?」
カイルは聞きたいことの一単語をやっと口にして、しかしすぐに話を変えてしまった。
「ケッコン・・・?」
「し、知らないならいいですー! じゃ、オレ、勉強しにいかないと・・・!」
言うなりカイルは逃げるように走り去った。
カイルは聞いてしまうのが怖かったのだ。ゲオルグが、アニエルが言ったようにいつか結婚する気があるのかどうか。
聞きたいけど、聞けない。こんなかんじは、ゲオルグが元の国に帰ってしまうのか、どうしても聞けなかったときと同じような気がする。
しかし、そのときはゲオルグともう二度と会えなくなるかもしれない、それを確かめるのが怖かったわけで。今回は、もしゲオルグが結婚したとしても、会えなくなるわけではないのだ。
それなのに一体何が怖いのだろう、カイルは走る速度を落としながら思った。
それから五日後、カイルは二度目の夜の勉強の日を迎えていた。
「アニエルに聞いたわよ。まあ、あの娘も少し乱暴なところがあるしね。心配しないで、私がちゃんと教えてあげるから。今度はきっと上手くいくわ」
「・・・・・・はい」
今夜の相手を務めてくれる、アニエルよりも少し年上の女性、エミリアは優しく笑ってそう言う。カイルはもう否定するのも面倒で、適当に頷いておいた。
そんなことより、これからすることより、カイルはもっと他のことが気になっているのだ。
「あの・・・、げ、ゲオルグの、ゲオルグが・・・」
「ゲオルグさんが何?」
カイルは聞きたいことがあったはずなのに、段々それがわからなくなっていく。
「えーっとぉ・・・」
「・・・もしかして、アニエルが言ったことを気にしているの?」
どうにもはっきりしないカイルに、エミリアは勘を働かせる。
「あの娘、あなたのことを全然好みじゃないって言ったんでしょ? そのことが気に掛かっているのかしら?」
「え、は・・・あ、まあ・・・」
カイルは正しくはそうじゃないと思ったが、全く見当違いというわけでもないので、訂正はせずに続けた。
「あの・・・ゲオルグってもしかして、結構モテるんですかー・・・?」
「そうねえ、モテるほうだと思うわよ? どうしてもこの国の男とは雰囲気違うから、その辺もポイント高いんだろうし・・・」
「・・・へえ」
カイルはまたしても、なんだか微妙な胸のつっかえを感じる。
「ま、アニエルはゲオルグさんのちょっとしたファンだし。だから、あの娘はあなたのことが羨ましいのよ」
「え、なんでですかー?」
だから意地悪なこと言ったのだと教えるエミリアを、カイルはわからなくて見上げた。
「だって、あなたゲオルグさんのこといつも独り占めしてるじゃない?」
「ひ、独り占め・・・」
そんな自覚のなかったカイルは、狼狽えてしまう。
ゲオルグのことを殊の外気に入っていると言われたことはあったが、独り占めしていると言われるほどゲオルグと一緒にいるだろうかとカイルは考えた。そして、確かに言われても仕方がない気がするとカイルは思う。
そんなカイルの様子をどう判断したのか、エミリアは優しく笑った。
「でも、私はゲオルグさんより、あなたのほうが好みよ?」
「・・・・・・えっ!?」
予想外のその言葉に、カイルの頭をよぎっていたいろんな微妙な考えが、吹っ飛んだ。
「だって、可愛いじゃない。あどけなくって」
「そ・・・そうですかー・・・?」
エミリアにそっと頬を撫でられて、カイルは真っ赤になった。今まで女性にこんなふうに触れられたことがないカイルは、こう見えてもやはり年頃の男なわけで、すぐに顔も体も熱くなっていく。
「だから、あなたのお相手が出来て嬉しいわ」
エミリアは笑顔を浮かべたままゆっくりとカイルの手を引き、自分の上に覆いかぶらせるようにうしろに倒れる。
アニエルを上から見下ろす形になったカイルは、促されるままその手を動かしていった。
自室へと続く廊下を、カイルは明らかに落胆した顔で歩いていた。
何故そんなふうにしょんぼりしているかといえば、カイルは、身も蓋もない言い方をすれば、勃たなかったのだ。
エミリアは美人だし体つきもふくよかで、全く申し分ない。普通の男ならば、間違いなく据え膳を頂かないわけはないだろう。
しかし、カイルはどうしたことか、それが出来なかったのである。
これではアニエルが言った通りだと、カイルは今度会ったときに言われるであろう嫌味を思ってがっくりした。
しかし、カイルがやばいと思っているのは、実のところそんなことではなかったのだ。
最初のうちは、上手くとはいかないまでも、それなりに順調に出来ていた。しかし、カイルにふとあるものがよぎったのだ。そしてそれ以降、みるみるうちにカイルのヤル気が減退していってしまった。
そして何がやばいかと言うと、そのふとよぎった内容である。
カイルはエミリアの体に触れながら、ふとアニエルがゲオルグ相手だったらもっと気合が入るのにと言ったことを思い出したのだ。
そしてそこから芋づる式に、ゲオルグはもしアニエルに誘われでもしたらどうするのだろうかとか、こんな状況になったらどうするのだろうとか、何故だかそんなことがカイルの頭を掠めていった。そして、ハッと気付けばカイルのソレは、すっかり元気をなくしてしまっていたのだ。
カイルは自室に入ると、自分のではなくゲオルグの寝室のドアを、ちょっぴりおそるおそる開けた。
「あ、まだ起きてるんですねー」
ベッドの上で言語学習の為か子供向けの絵本を読んでいるゲオルグが目に入ると、さっきまでなんとなく気まずいものを感じていたような気がするカイルは、しかしそんなこと忘れて走り寄っていった。
「なんかわからないところありましたー?」
「・・・・・・」
カイルが隣に寝そべって聞くと、ゲオルグは数ページ前の一単語を指す。
「えっと、これはー・・・」
カイルはさっきまでとは打って変わって、にこにこしながらなんとか説明した。
自他共に認めるアホなカイルは、これまで誰かに何か教えを乞われるなんてことが滅多になかったので、教えるという行為にちょっとばかり誇らしげな気分にさせられるのだ。そしてそれだけでなく、ゲオルグに頼られている気がする、それがカイルは何よりも嬉しかった。
理解出来たのか軽く頷くゲオルグに、カイルは今さりげなく聞いてしまおうかと思った。軽い調子でなんでもないことのように、何故だかそんな意気込みを持ちながら。
「・・・あ、あの、ゲオルグ。・・・ゲオルグは・・・け、結婚って・・・」
しかし明らかにさりげなくない口調でカイルはゲオルグに問い掛けた。
「・・・あ、えっと、結婚って、知らないんでしたっけ・・・?」
「・・・聞いた」
「そっ、そうですかー。あの、その結婚を・・・」
ゲオルグは相変わらず普通の顔をしているのに、カイルは何故かその顔に目を遣ることが出来ず、その辺に視線を彷徨わせながら口を開いた。
「け、結婚を、ゲオルグはするつもり、あるんですかー・・・?」
「・・・・・・」
俯いていたカイルだが、しかししばらくなんの返答もないので、そおっとゲオルグを見上げた。
するとゲオルグは、不思議そうにカイルを見下ろしている。視線がぶつかって、カイルはなんだか落ち着かない気分になった。
「・・・え、えっと、答えなくないんだったら・・・」
「しない」
なんだか困って質問を取り下げようとしたところに、ゲオルグが短くはっきりと答えた。
「え、そ、そうなんですかー!?」
カイルは思わず大声で聞き返してしまう。それにゲオルグは頷いて肯定した。
「へえ、そうなんですかー・・・」
それはよかった、そう言いそうになって、カイルは慌てて口を閉じた。
ゲオルグが結婚しないことが、どういいのだろう。ゲオルグが結婚しようがしまいが、カイルには全く関係ないはずなのに。自分といる時間は減ってしまうだろうが、側にいられなくなるわけでもないし、ましてや二度と会えないなんてこともないのだ。
カイルが内に生じた思いに戸惑っていると、ゲオルグがふと口を開いた。
「・・・俺はずっと、誰とも、しない」
低く、しかしよく通る声で、ゲオルグはそう言った。
言ったというよりは、誰かに宣言したといったほうが近いかもしれない。ゲオルグの視線の先には、何もないのだけれど。
「・・・・・・」
カイルは、どうして生じたかわからないしかし確かにあった嬉しいという思いが、すっと消えていくのを感じた。
ずっと、誰とも、しない。そう思わせるようなことがあったのだろうか。そう思わせるような人が、いたのだろうか。
ゲオルグにそんな決意を抱かせるような何かが、カイルには全くわからなくて、それがカイルを何故だか歯痒い気分にさせる。
たとえば、結婚しようと思っていた人を、どうしてだか失ってしまった。だからもう、誰とも結婚なんてしないと思ったのか。
カイルは少ない頭を使ってそう考えて、それなら国に帰らないと決めたことにも納得がいくような気がした。
その国にいても意味がない、つらいだけだと、そう思ったのかもしれない。そんなふうに思うほど、ゲオルグには誰か愛していた人がいたのだろうか。
「・・・・・・っ」
カイルはなんだか居ても立ってもいられなくなって、がばっと起き上がった。
「ゲオルグ、オレ・・・っ!」
ゲオルグの顔を見て何かとっさに言おうとしたカイルは、しかしその続きが出てこずに俯く。
「・・・カイル?」
そんな様子のカイルに、ゲオルグは訝しく思って、顔を上げさせようと手をカイルの頬に遣った。
窺うように覗き込んでくるゲオルグの顔が、すぐ近くにあって、カイルは何故だかとても狼狽えてしまう。
「・・・・・・げ、ゲオルグ、おやすみなさいーっ!!」
カイルはどうしていいかわからなくなって、そう言うと一目散に自分の寝室に駆けて行ってしまった。
次の日、朝食のあとカイルはまたもやフェリドに手招きされた。その内容に予想が付いていたので、カイルはゲオルグを連れずにフェリドの元に向かう。
「・・・カイル、聞いたぞ」
「・・・・・・・・・」
やはり気の毒そうに切り出してくるフェリドに、カイルは思った通りだったので、何をとも聞き返さず視線を下げた。
「・・・まあ、こんなこともあるさ。落ち込むことはないぞ?」
フェリドは慰めの言葉を掛けてカイルの肩に手を置く。
全くの誤解だったこの前と違って、今回は本当にダメだったので、カイルは否定することが出来なかった。さらに、そんな気分でもなかったのだ。
男がこんな事態に陥ったら、果てしなく落ち込むのが普通だろう。しかしカイルは、そんなことどうでもいい、そう思えるほど今他のことに気を取られているのだ。
「・・・あの」
「ん、なんだ?」
黙って俯いていた息子がやっと口を開いたので、フェリドは出来る限りの優しい声を出した。
「・・・当分、なしにしてもらいたいんですけど・・・その、勉強を・・・」
「・・・・・・そうだな」
どう見ても沈んでいるように見えるカイルを、フェリドはとっても気の毒に思って、いつもの如く甘やかしモードに入ってしまう。
「おまえにはまだ早かったみたいだな。しばらくはやめにするよう、話を付けておこう」
まだまだ子供なんだなと、フェリドは仕方ないと思う反面、どこか嬉しくもあった。
しかし、カイルは王様が思っているほど子供ではない。・・・なんてことはないが、しかし今のカイルは、単純過ぎた昔と比べれば幾分複雑になっているのだ。
「ありがとうございますー。オレ、今、それどころじゃなくって・・・」
「・・・ん?」
カイルのどうにも予想外のセリフに、フェリドは少々驚いた。カイルはさっきまでと変わらず、どこかボヘーっとしなような様子である。
フェリドは段々心配になってきた。
「・・・何か悩み事でもあるのか?」
「・・・・・・それが、ゲオルグ・・・の・・・・・・」
「ゲオルグ?」
カイルはフェリドを見上げて、迷うように口を閉じたり開いたりしていたが、やがてまた下を向いて黙ってしまう。
「カイル?」
本格的に心配になってきたフェリドは、腰を据えて聞こうと、カイルを隣の部屋に促そうとした。
「カイル、こっちへおいで」
いつもの叱るために呼び付けるのとは違って、その声はとても優しい。しかしカイルは、それに首を振って答えた。
「自分でもよくわからないから、いいです」
そう言うなりカイルは、駆け出していってしまう。
それならばなおさら力になりたいと思ったが、無理に聞き出すのもどうかと思ったので、フェリドは次第に小さくなるうしろ姿をただ見送った。
あんなカイルはなかなかないが、しかし最近も見たとフェリドは気付く。
「今度もゲオルグ絡みなのか・・・」
ゲオルグが自分の国に帰るかもしれないと心配していたカイルは、どこか沈んでいた。そのときの姿と今の姿は、重なる。
「・・・・・・」
ゲオルグがこの国に来てから、カイルはどうしたことか、今まで見たこともないような表情をするようになった気がすると、フェリドは思った。
沈んだ顔もそうだし、悩んでいるような顔もそうだ。そして、楽しそうな顔も嬉しそうな顔も、そうだ。
「・・・・・・・・・」
フェリドはとっても複雑な気分になった。複雑というか、なんとも微妙なかんじだ。
如何ともし難い予感を感じたフェリドは、しかしもう成り行きに任せてしまおうと、呑気にそう考えた。
「・・・・・・はぁー」
カイルは悲嘆ではなく感嘆の溜め息をついた。
昼食後の勉強をなんとか終わらせたカイルは、いつものように訓練中のゲオルグを見にきているのだ。
相変わらず変わった構え方をするゲオルグの剣技は、相変わらずあざやかで、カイルは見るたびに惚れ惚れした。
「やっぱり、カッコいいなぁー」
素直にそう言って、カイルはこういうときは普通だよなぁと思う。
ゲオルグを見たりその名を聞いても、変な気分になることはない。少しワクワクというかドキドキした気分にはなるが。
「・・・なんなんだろー、これって・・・」
最近の自分の心の動きが全く理解出来ないカイルは、しかしわからないからといっていつものようにすぐに考えるのを諦めようとは思わなかった。
ゲオルグといると楽しいし嬉しい、まずそれは間違いない。ゲオルグが自分の国に帰ってしまうのがどうしても泣くくらい嫌だったほど、カイルはゲオルグと一緒にいたいのだ。
しかし、一緒にいるだけなら、ゲオルグが結婚しようと誰か好きな人がいようと、ちっとも構わないはずだ。だがカイルは、それがなんだか嫌な気がした。
「・・・なんなんだろー」
カイルはなんとか考えようとしたが、しかしアホな頭で考えられることなんて高が知れていて、すぐに行き詰る。
「・・・また、何かお悩みのようですな」
眉をしかめていたカイルに声を掛けてきたのは、いつもの通りガレオンだった。
「う、うーん・・・」
カイルは曖昧な返事を返した。さっきフェリドに聞かれたときも、相談してすっきり出来るのならそうしたかったのだが、自分でも全く何がなんだかなのでカイルは何も言えなかったのだ。
「言いづらいことなのですか?」
イカツイ顔だが笑うとそれなりに優しい顔つきになるガレオンは、笑顔を浮かべてカイルに問い掛ける。
「はぁ、何に悩んでるのか、自分でもよくわからなくてー・・・」
「順序立てなどせず、今自分の中にある思いを、なんでもいいから言葉にしてみてはどうでしょう。話すだけでも随分楽になるかもしれませぬ。よろしければ、我輩がお聞きしますが?」
「・・・・・・」
穏やかな声でなされた提案に、カイルは話してしまおうと思った。
「・・・・・・で、なんかそんな気分になるんですよー。それでー・・・」
どうにも真剣味に欠ける口調でカイルは、一つ一ついちいち語っていく。
それをガレオンは、唖然というか呆然と聞いていたが、カイルはそんなガレオンの様子に気付かずひたすら続けた。
「ってかんじなんですけどー・・・・・・聞いてます?」
「は、・・・いえ・・・」
しかしやっと微妙な反応をしているガレオンに気付いて、カイルが話をとめた。
「聞くって言ったんだから、ちゃんと聞いて下さいよー」
「き、聞いていましたとも・・・」
聞くには聞いていた。だからこそ、カイルの悩みがまさかこんなだとは少しも予想していなかったガレオンは、ビックリしてしまったのだ。
「ねー、これってどういうことなんだと思いますー?」
「は、それは・・・」
むしろ最初の数言で見当が付いていたガレオンは、しかしどうにも本当にそうなのか信じ難くて言い出せない。
「・・・し、少々お待ち下さいませ」
なのでガレオンはそう言って、一旦カイルの前から姿を消した。そして少し経ってから、一人の男を連れて戻ってくる。
「カイル様、こちらはロイというものなのですが、こういう話は彼のほうが向いていると思いまして。もう一度、簡単にでよろしいので話して頂けませぬか?」
「はあ・・・」
カイルはちょっと面倒だと思ったが、ガレオンが連れてきた自分と同じくらいの年の頃の青年に、もう一度思い付くままに話した。
「・・・つまり」
栗色の長い髪がトレードマークの、ちょっと不良っぽい雰囲気漂うロイは、一通りカイルの話を聞くと、全てわかったように頷く。
「ゲオルグといると楽しくて嬉しくて、出来ればずっと一緒にいたいと思うんだな?」
「は、はい」
「それで、ゲオルグが結婚したり誰か好きな人がいると嫌なんだな?」
「は、はぁ、そうなのかな」
「さらに、ゲオルグのことを考えていて、その女性とする気が失せてしまったと」
「は、はぁ、そうかも・・・」
ロイはカイルが脈絡なく語ったことをぱっとまとめてみせた。カイルは言われてみればそんな気がして頷く。
「それで、一体何に悩んでるわけ?」
「え、だから、なんでそんなふうになるのかなーって・・・」
カイルはそれが知りたいのだとロイを見つめた。ロイは、その答えなんかわかりきっているだろうと、カイルを少々呆れ気味に見る。
「・・・な、なんですかー?」
「本当にわからないのか?」
「だから聞いてるんじゃないですかー」
自分が物分り悪いことなど充分知っているので、カイルはそれより早く教えて欲しいとせがんだ。それに、ロイは言ってやれよとばかりにガレオンを見る。
「・・・・・・つまり、カイル様はゲオルグ殿のことを・・・好いておるのでは・・・ないのですか?」
どうやら自分の予想は当たっていたらしいとガレオンは、なんとなく言いにくかったのだが、しかし黙っているわけにもいかないのでそう告げた。
「好き? そりゃ好きですけどー?」
「そういう好きじゃなくて、恋愛感情としての好き、ってこと」
きょとんとするカイルに、今度はロイがより的確に言った。
「恋愛・・・?」
「そうです」
「好き・・・?」
「そう」
「オレが・・・?」
「そうです」
「ゲオルグを・・・?」
「そう」
ボーっとしたように繰り返すカイルを、ガレオンとロイは律儀に肯定してやった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・カイル様?」
「大丈夫か?」
するとカイルが目を見張って黙り込んでしまうので、二人は少々心配になる。
そんな二人の視線の先で、カイルは不意に顔をぱっと輝かせ、急に笑顔になった。
「そっかー、オレってゲオルグのこと好きなんだー!!」
すっきりしたように言うカイルは、とっても嬉しそうである。その様子に、先にそう結論付けた二人は、微妙に心配になってきた。
「・・・しかし、そう断言はまだ出来ませぬし・・・友達や家族に対する好意、という可能性も・・・」
「そんなことないですよー。オレはゲオルグのこと、えーと恋愛感情で、好きなんですよー!」
急に自信満々になったので二人が訝しむのも無理ないが、しかしカイルはもうそれしかないと思った。
今まで友人にも家族にも、誰にも感じたことのない感情を、ゲオルグはカイルに抱かせた。側にいたい離れたくない、他の誰よりも自分を一番に見て欲しい考えて欲しい。
カイルがこんなふうに誰かに執着したのは、ゲオルグが初めてなのだ。
「オレはゲオルグのこと、好きなんだー!」
ゲオルグに向かう全ての感情が、それに由来する。カイルは目の前の霧がパーっと晴れたような気分になった。
一人で段々盛り上がっていくカイルを、ガレオンとロイは心配そうに見ている。しかしカイルはそんなことに気付くはずもなかった。
カイルはまだ訓練を続けているゲオルグに目を遣る。いつものように剣を振るうゲオルグの姿は、しかしカイルにはなんだかいつもと違って映るのだ。
背後の心配そうな二人を尻目に、カイルはニコニコしながらゲオルグを見続けていた。
To be continued ...
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女性二人は、娼婦って設定なので、Vのキャラに置き換えませんでした。
ところで、ガレオンの笑顔が全く想像出来ないのは私だけですか・・・!?(笑)