4−2:とうとう花が咲く



 四方を海に囲まれた島国。他国に攻められることもなく気候も穏やかなこの国は、おかげでとても呑気な国だった。
 その呑気な国の王子様であるカイルは、めずらしく固い表情で廊下を歩いていた。少々、緊張しているのだ。
 やがて自室に辿りつくと、カイルは自分の寝室ではなくゲオルグのほうのドアを開ける。
「ゲオルグ、まだ起きてます・・・よね」
 ゲオルグはいつものようにベッドに座っているので、カイルもいつものようにベッドに登った。
「・・・あのー」
 カイルはベッドの上を、這うようにゲオルグに少しずつ近付いていく。じりじり、といったかんじで間合いを詰めてくるカイルを、ゲオルグは不思議そうに見ていた。
 そして顔が数十センチくらいの近さのところまでくると、カイルはゲオルグの肩に手を置いた。
「あ、あの、ちょっと動かないでくれますかー?」
「? ・・・ああ」
 ゲオルグはカイルの意図が全くわからなかったが、結構真剣そうなので取り敢えず了承した。
 それを受けてカイルは、ゲオルグに顔を近付ける。そして少々不躾に、唇を合わせた。
「・・・・・・」
 カイルはしばらくして離し、もう一度、今度は少し強めに押し付ける。
 カイルがキスをしたのは、昨日のエミリアが初めてだった。なので比べようにもあまりに経験が少ないのだが、しかしカイルは今しているキスがそのときとは違うし、きっと他の誰としたときとも違うだろうと思った。
 エミリアとしたときとは比べものにならないくらいドキドキするし、なんだか堪らなく嬉しい気分になる。
 カイルは名残惜しいながらも唇を離して、すぐ目の前のゲオルグの顔を見つめた。ゲオルグは驚いたように自分を見返している。その金の瞳と至近距離で目が合って、カイルはなんだか自然と体がどんどん熱くなっていくのを感じた。
 カイルは実のところ、ガレオンとロイに言われた通りに、ゲオルグへの思いを確かめに来たのだ。
 カイルはもう恋愛感情なんだと思っていたが、二人がどうしてもちゃんと確かめたほうがいいと言ったのである。そんなわけでカイルは、二人・・・というか主にロイに、いろいろ入れ知恵してもらってここにやって来たのだ。キスでもしてみれば、恋愛で好きなのかどうかわかるだろうから、と。
 その助言通り、さっきのキスでゲオルグへの思いは確実だとわかった。それでもカイルは、なんだかこのままゲオルグと離れたくないと、そう思う。
 目の前のゲオルグの唇に、カイルは再び口付けた。触れた瞬間、体がふわーっと何かに包まれるような気がするのが、不思議だったが心地よかった。
 カイルはゲオルグの首に腕を回して、寄り掛かるように抱き付きながら、キスを続ける。
 単細胞なカイルは、自分がゲオルグとキスしたいなぁという思い、そしてキスしている感覚や感情、そんなので頭が一杯だった。カイルに突然キスされて、ゲオルグが一体どう思っているのか、なんてことちっとも考えなかったのだ。
 動かないでと最初に言われたからか、ただカイルのするがままになっていたゲオルグが、しかし不意に動いた。
「・・・・・・っん!?」
 後頭部をがしっと掴まれたかと思うと、カイルが仕掛けていた表面を触れ合わせるだけのキスを、ゲオルグが突如深いものへと移行させてくる。
 同時に背を腰を逞しい腕で押さえ込まれ、カイルは目眩に似たものを感じ、頭も体も煮え立ってしまうのではないかと思った。
 そんな頭で、カイルは以前、ゲオルグが女の人に誘われたらどうするんだろうと思ったことを思い出す。どんなふうにキスするんだろう、どんなふうに触れるんだろう。
 知りたい、カイルはそう思った。なんでもいい、些細なことでも知りたい、ゲオルグのことを。感じたい。
「・・・ん、ゲオ・・・ルグ」
 その為にはどうすればいいか、しかしそれがよくわからないカイルは、いつの間にか自分にのし掛かるようにしてくるゲオルグに逆らわず、体をうしろへと傾けながらゲオルグにぎゅっと抱き付いた。
「・・・カイル」
 そうすると、ゲオルグが自分に回した腕に、心なしか力がこもった気がする。
 カイルはその力強さに、もうお任せしてしまおうと、おとなしく身を委ねた。


「・・・カイル、体は・・・平気か?」
 隣を歩くゲオルグが、少々眉をひそめて聞いてくる。それにカイルは、笑顔で答えた。
「大丈夫ですよー」
 確かに言われてみれば、体がなんだかつらい気もするが、しかしカイルは大して気にならなかった。そんなことよりもカイルは、幸福感で一杯だったのだ。
 まだどこか心配そうなゲオルグは、その顔立ちなど昨日までと全く変わっていないはずである。それでもカイルには、なんだか今までと違って映る。
「ゲオルグ、早く行きましょー!」
 カイルは弾む心を抑えられずに、ゲオルグの手を取るとまるで跳ねるような足取りで歩き出した。その胸に、ある決意を秘めて。
 そんなカイルは、何かをすっかり忘れていることに、まだちっとも気付いてなかったのである。
「あの、オレ、話っていうか報告があるんですけどー!」
 朝食はいつも通り和やかに終わって、そして会議という名の雑談会が始まると、カイルは待ちきれずに声を上げた。
「・・・なんだ? 話してごらん?」
 ここのところ落ち込んでいた息子の元気そうな声に、安心するよりなんだか嫌な予感がしたフェリドは、一抹の不安を感じながら促す。
「あのですねー」
 そんなことに気付かないカイルは、ゲオルグの手を掴むと引っ張って、一緒フェリドの前に出た。ちょうど部屋の真ん中に立ち、目の前にフェリド、周囲をその他の人々に囲まれる形になる。
 何故そんな場に連れ出されたかわからず眉を寄せるゲオルグに構わず、カイルは笑顔で宣言した。
「オレ、ゲオルグと結婚しますー!」
 一瞬、妙な沈黙が降りる。
 それから、やっとその言葉の意味を理解した人々は、しかしどんな反応をしていいのかわからず戸惑った。フェリドと、それからゲオルグも、驚いたように困惑したようにカイルを見ているが、そんな周りの空気に全く気付いていないカイルは、笑顔のまま続ける。
「だって、ちゃんと責任取らないと、男らしくー!」
 なんの責任だと思わずつっこみそうになったフェリドは、しかし答えが聞きたくなくてそこは無視することにした。そして、なんとか冷静に状況を把握しようと、動揺を隠しながら口を開く。
「ええと、つまり、おまえはゲオルグのことが好きなのか? ・・・そういう意味で」
「はい、好きですー!」
 カイルはすぱっと答えた。
 そこでカイルは、ようやく何か違和感を感じる。そしてその理由に気付いたのは、次のフェリドの言葉によってだった。
「それで、ゲオルグも、カイルのことが好きなのか?」
 フェリドがゲオルグに向かってそう言った瞬間、カイルは今さらながらに気付いたのだ。まだ自分の気持ちを伝えていなかったこと、そして、ゲオルグの気持ちを聞いてもいなかったことに。
 カイルの気持ちは今のフェリドへの返答でわかってもらえただろうが、ゲオルグが果たしてどう思っているのか。
「・・・俺は」
 ゲオルグが口を開いて、カイルは思わず身が竦む。
 カイルは、好きだと自覚して、体を繋げて、それでもうすっかり安心していたのだ。肝心なところを忘れていたことにこの期に及んで気付かされ、カイルの胸は早鐘を打ち始める。
 ゲオルグと繋いでいる手にも自然と力が入り、それに気付いたのかゲオルグがカイルのほうに顔を向けた。その顔からは、いつものようにゲオルグの心中を察することは出来ない。
 嫌われていない自信はあるが、同じ意味で好かれているかどうか、カイルにはわからなかった。あんなことをしてくれたのだから、可能性はあると思うが、もしかしたら仕方なくしてくれたのかもしれない。
 いつになく活発な頭はいろんなことを考えていって、カイルは何がなんだかわからなくなりそうになった。
 そんなカイルの手を、ゲオルグが不意に、ぎゅっと握り返す。そして視線をフェリドに戻すと、ゲオルグは口を開いた。
「・・・俺も、好きです」
 その言葉は、静かだがしっかりと、カイルの耳に届く。それでももう一度確かめたくて、カイルはゲオルグの手を引っ張った。
「ほ、ほんとですかー?」
「あぁ、好きだ」
 ゲオルグは今度はカイルのほうを向いて、微かに笑顔を浮かべながら答えた。その瞬間、それまでカイルを支配していた不安が、一気に全て吹き飛ぶ。
「よかったー! ゲオルグ、オレも好きです、大好きですー!!」
 カイルは嬉しさで、堪らずゲオルグにがばっと抱き付き、ぎゅっと回した腕に力を込めた。
 公衆の面前だということも、カイルは少しも気にならない。自分が想っているように、ゲオルグも自分を想ってくれている。そのことが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「・・・あー、その、なんだ、二人は愛し合っている、と・・・」
 二人の世界を作ろうとしているかのようなカイルに、ゴホンと咳払いをしてから割り込んできたのは、呆れたような諦めたような表情をしているフェリドだ。
 そこでカイルは、さっき自分がフェリドに言ったことを思い出して、ゲオルグにしがみ付いた体勢はそのままフェリドに言う。
「そうそう、そうなんですー。だから、結婚してもいいですよねー?」
 一応疑問系になっているものの、反対される気が全くなさそうなその笑顔に、逆らえるものなどこの国にはいない。なんせみんな、カイルには甘いし、なにより呑気な国なのである。加えてフェリドにとっては、全く予想外の出来事というわけでもない。
「・・・まぁ、おまえたちがそうしたいなら、そうすればいい」
 フェリドの、王というよりは父親としての一言に、それまで周囲で黙って傍観していたものたちから、祝福の拍手と言葉が続く。
 幸せ一杯でそれを受け取りながら、カイルはゲオルグを見上げた。
 相変わらずの硬派な顔も、どきどきさせてくれる笑顔も、それから昨夜見せた顔も、これからは全部自分のものなのだ。ゲオルグの一番は、他の誰でもない自分なのだ。
 そう思うとカイルは、もう自然に笑顔になってしまうのをとめることが出来なかった。




END

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元の話にあったエロを削ったら、なんだか短くなりました。(でも受攻逆だからそのまま書くわけには・・・)
あ、呑気な国なので、男同士でも結婚出来るそうですよ!
深く考えちゃダメです、いろいろと。


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