LOVE DISTANCE
イクセが焼かれ畑を失ったおれがこのビュッデヒュッケ城に身を寄せてから数ヶ月。おれはこの日もいつものように、朝早くから畑で汗を流していた。
鍬で土ならしをしていたおれは、目の端に入った人物に、思わず顔を上げた。
「よお、パーシヴァルじゃないか」
予期せぬ再会に驚きながらおれが声を掛けると、向こうもおれに気付いて手を振り返してくれた。
まさかこんなところで、同郷の人と出会うとは思わなかったな。いや、イクセはここから近いから、そのこと自体はおかしくないか。そうじゃなくて、今は騎士になってイクセにはいないパーシヴァルと、って言わないとな。ああでも、ゼクセンとグラスランドが共同でハルモニアに対抗することになった(んだったよな?)んだから、ゼクセン騎士団「誉れ高き六騎士」のパーシヴァルがその拠点であるこの城にいても当然かもしれない。最近は畑に掛かりっきりで世事には疎かったからな。
っと、まあそんな事情は措いといて、パーシヴァルとの久しぶりの再会だ。イクセがやられたときにもいたらしいが、おれは会ってないから、もう二・三年ぶりになるだろう。
「久しぶり。噂には聞いてたが、元気でやってるみたいじゃないか」
「俺も、話には聞いてたよ。・・・頑張ってるみたいだな」
こっちに歩いてくるパーシヴァルの目線は、おれの畑を捉えている。おれは鍬を土から抜いて肩に担ぎながら、体をパーシヴァルのほうに向けた。
「もちろんさ。もう数週間で、薬草なんかは収穫出来るようになる。トマトやメロンだってそのうち立派に実らせてみせるさ。そうだ、そんときはおめぇにも食わしてやるよ」
「それは、楽しみだな」
思い付きで言ったおれの言葉に、パーシヴァルは笑って返した。
・・・あれ、その笑顔、なんか違和感あるかも・・・。
バーツよりボルスのほうが好きな人 ⇒ L side
バーツがかわいそうなのは嫌な人 ⇒ S side
Long Distance
首を傾げたおれの耳に、その思考を中断するように突然第三者の声が入ってきた。
「おい、パーシヴァル、こんなことしてる場合じゃないだろう」
おや、パーシヴァルには連れがいたようだ。鎧姿に見事なプラチナブロンド。おそらくパーシヴァルと同じ六騎士の、・・・・・・なんとかという奴だ。・・・イクセは田舎だし、おれは畑仕事ばかりで、そういうことには疎いんだ。
「悪い、仕事の途中か何かだった?」
「いや、構わん」
パーシヴァルがにこやかに否定すると、彼は焦ったようにパーシヴァルに歩み寄った。
「パーシヴァルっ」
そしておれに知られたくないのか、パーシヴァルの耳元でコソコソ呟く。小声なつもりなんだろうけど、地声が大きいらしくて、断片的ではあるけど伝わってきた。どうやらこれから二人で秘密の特訓をするらしい。さすが騎士様ってとこか。
確かに生真面目そうに見える彼に、パーシヴァルは肩をすくめて返す。
「まあ、いいじゃないか。久しぶりに昔馴染みと会ったんだから、話くらい」
「・・・昔馴染み?」
彼はなんだか微妙な表情をしたが、パーシヴァルはそれを見過ごすようにおれに視線を戻した。
「バーツ、こちらはボルス殿。聞いたことくらいはあるかもしれないが、誉れ高き六騎士「烈火の騎士」とは彼のことだ」
「あぁ」
言われてみれば、聞いたことがあるような。確かパーシヴァルとは正反対で、生まれもすごい良いとこだとか。そんな奴と対等に付き合えるなんて、パーシヴァルはすごいな。
「ボルス、こっちがバーツ。俺の故郷、イクセで農業を営んでいる」
「・・・そうか」
パーシヴァルの簡単な紹介を聞いたボルスは、おれのほうを向いた。
「ボルスだ。よろしく」
そしてすっと右手を差し出してきた。これは握手、だよな。
「・・・おれの手、土付いてるけど」
「? だから?」
おれが申告すると、ボルスは訝かしむように首を捻る。
「いや、なんでもない」
おれはこっそり苦笑して、ボルスと手を合わせた。
するとパーシヴァルがこらえきれないように笑い出す。
「バーツ、言っとくが貴族の大概のやつだと、顔をしかめて手を引っ込められて終わりだぞ。例外は、ボルスとレオ殿くらいだ」
「・・・・・・・・・パ、パーシヴァルっ」
揶揄われたことに数秒遅れで気付いたらしいボルスは、顔を赤くしてパーシヴァルに詰め寄る。それをかわしながら小さく笑うパーシヴァルの笑顔は・・・・・・やっぱり違和感ある。
「・・・・・・」
いや、多分そうじゃない。単におれが、パーシヴァルがあんなふうに笑うんだって、知らなかったから。
ここにいるのは、イクセのパーシィちゃんじゃなくて、ゼクセン騎士団の「誉れ高き六騎士」パーシヴァルなんだ。
そう気付いた途端、目の前で軽い言い合いを始めた二人との距離が急に離れた気がした。ずっと会ってないときにだって、こんなふうに感じたことはなかったのに。
パーシヴァルが騎士になると、おれが農夫になると、そうそれぞれの道を決めてからもう十年以上。
どこか寂しい気がするのは何故だろう。おれは土と共に生きる人生を、後悔したことはないしむしろ胸を張って誇れる。
それなのにおれは、羨ましいと思ってしまった。パーシヴァルを・・・・・・じゃなくて、パーシヴァルの隣に立っている、ボルスを。
おれはもう二度と、隣に立つことは出来ないから。パーシヴァルの、人生の。
それでいいと思っていたのに。それぞれがそれぞれの道を生きること、それを疑ったことなんてなかったのに。
「ボルス、こうやっている今こそ、時間の無駄なのではないか?」
「はっ」
そろそろ相手をするのが面倒になってきたのか、パーシヴァルが話を終わらせる。
「そうだ、早く行くぞ」
ボルスは言い終わらないうちに早足で歩き始めた。
「それじゃ、俺も行くよ」
「ああ、頑張れよ」
おれが手を振ると、パーシヴァルも振り返して、背を向けた。パーシヴァルはボルスに追い付き、そして並んで歩き出す。
それを見送るおれの、この胸の痛みはなんなんだろう。
もう一度選べと言われても、おれはこの生き方を選ぶ。おそらく、パーシヴァルの生き方とは決して交わることのない道を。
それでも。それでもおれは、パーシヴァルの隣に立ちたかったんだ。並んで、見るものは違っても、一緒にいたかったんだ。
おれの視界から、二人の背中が消えていく。
「・・・・・・さて、続きをするか」
おれは鍬を下ろして土ならしを再開した。種を播いて育てて。そして実ったら、あいつに食って貰おう。
なぁ、パーシヴァル。
おれは、騎士として生きるおまえと、騎士として一緒にいることは出来ない。
それでもおれは、おれの道を行ったまま、おまえの人生の隣にいることが出来ないだろうか?
END
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バーツ→パーシヴァル風味の無駄に暗い話でした。 これからバーツは諦めるのか、それとも頑張るのか。微妙なところですが。 そしてこのパーシヴァルがボルスとデキてるのかどうかも微妙。 しかしもしこのパーシヴァルがバーツのこと好きだったとして、 すんなりくっつくとは思えない。むしろ泥沼になりそうな予感が・・・。
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Short Distance
おれが思わずパーシヴァルの顔を見つめると、パーシヴァルも同じようにおれの顔を見つめた。そして。
「バーツ、顔に土付いてるぞ」
「ん、そうか?」
別にいつもは気にならないんだけど、長いこと騎士やってるパーシヴァルはそういう身だしなみが気になるものかもしれない。
おれが服の裾で拭うと、パーシヴァルが苦笑した。
「余計に汚れていってるぞ」
確かに、裾にも土が付いてるし、逆効果かも。バンダナでもタオル代わりにしようかとか思ってると、パーシヴァルがおれの顔に手を伸ばしてきた。でも途中でその手を引っ込めてしまう。
「この手も、役には立たないな」
パーシヴァルは鉄製の手甲で覆われた手をガシャガシャ鳴らした。その様子に、ちょっとは身だしなみを整えようなんて気持ちが消えてく。
「ははっ。いいさ。今さら顔の汚れなんて気にならないよ」
「そうだな。似合ってるよ」
パーシヴァルが笑って言ったけど、これは別に揶揄ってるわけじゃない。土が似合うってのは、おれにとっては褒め言葉だ。パーシヴァルはおれの農業に向ける情熱をちゃんとわかってるしな。
「おまえも、昔は似合ってたじゃないか」
「そうだったな」
今はこんなふうに落ち着いてるけど、パーシヴァルも昔は結構やんちゃだった。日が暮れるまで、畑で泥まみれになって遊んだっけ。もっともパーシヴァルは三つ年上だから、おれより早くそんな遊びから卒業したけど。
「・・・懐かしいな」
思わず昔に思いを馳せていたおれの隣で、パーシヴァルも静かに呟く。その横顔がどこか寂しそうなのは、おれの気のせいだろうか。
「そだ、パーシヴァル」
おれは思い立って、畑に入った。そして数点物色すると、そのうちの一つをパーシヴァルに差し出す。
「まだ食うにはちょっと早いけどな。その代わり、食べるのはおまえが第一号だ」
パーシヴァルは一応受け取って、その少し青みの残るトマトを眺めた。
「いいのか?」
「ああ、ガブッといってくれ。それとも、ナイフとフォークがいるか?」
「はは。じゃあ遠慮なく」
おれが茶化すように言うと、パーシヴァルは笑ってトマトに齧り付いた。
そういえば、パーシヴァルにおれの作ったものを食べさせるのって久しぶりだな。
「・・・どうだ?」
あ、なんか緊張してるかも。
パーシヴァルはガブガブと、それでも同じ田舎育ちとは思えない上品な仕草で食べていく。
「うん、美味いな」
「そっか、よかった」
やっぱり、自分が丹精込めて作ったものをそう言って食べて貰えると嬉しいな。
「やっぱり、お前の味、好きだな」
パーシヴァルが全部平らげながらそう言うから、おれは笑顔になっちまうのをとめられなくなる。
「ちゃんとできたら、いくらでも食わしてやるよ」
まあ、ブドウやメロンはずっと先になるけどな。と続けると、パーシヴァルはふとおれから視線をそらした。それから、下を向き、ポツリと呟くように言う。
「・・・・・・お前の畑、守ってやれなくて済まなかった」
「パーシヴァル・・・」
・・・ああ、そういうことか。
おれは、最初に感じた違和感の正体がわかった気がした。
パーシヴァルがどうして騎士になろうと思ったのか、おれは知っている。もう二度と大事な人を失いたくないから、大切なものを自分の手で守りたいと思ったから。
そんなパーシヴァルにとって、イクセがどれだけ大事なものかも、知ってる。
それなのに、その場にいたのに、守れなかったこと。パーシヴァルはそれを悔いているんだ。
自分に対する不甲斐ない思いとおれに対する申し訳ない思いが、あのときの少し不自然な笑顔になって現れたんだ。
おれの畑に対する愛情を知っているから、余計に。
「・・・パーシヴァルは充分よくやってくれたさ。だから、自分を責める必要はないだろ?」
でも、パーシヴァルが自責の念に駆られるのもわかるけど、それでもおれはそう思う。
「・・・しかし」
パーシヴァルは首を振って、やっぱり顔を上げようとしない。
そんなパーシヴァルの背を、おれは思いっきり叩いた。
「パーシヴァル!」
鎧を打ったおれの手はちょっと痺れたけど、構わずその手でパーシヴァルの向きを変える。
「見ろよ、これがおれの畑だ。おれの、今の畑だ」
パーシヴァルは戸惑いがちに、目の前の畑に目を遣る。芽が出て段々と緑付いてきた、おれの畑。
「この畑を、耕して種を播いて水をやって、立派に作物を実らせる。今おれの頭にあるのは、それだけだ。そのことだけに必死だ。それはイクセのみんなだって同じなんだよ。前を向いて、今やるべきことをやってる」
パーシヴァルは躊躇いがちにおれに目を向ける。その目を真正面から覗き込んで、おれは続けた。
「パーシヴァルにだって、今やるべきことがあるんだろう? だったら、そんなふうに下向いてちゃ、ダメだ」
「・・・バーツ」
「そりゃあ、おれだってヘコまなかったって言ったら嘘になるさ」
おれは次の言葉を言うのがちょっと照れくさくて、パーシヴァルから視線を逸らして頬をかきながら口を開いた。
「・・・でもな。さっきおまえ、おれが作ったトマト食って、美味いって言ってくれたろ。それがどれだけ嬉しかったか、励みになったか、わかるか?」
たぶんパーシヴァルは何気なく言った言葉。でも、だからこそ、すげぇ嬉しかったんだよ。
「だから、おまえはやることやれよ。そんで、たまにおれが作ったもん食いに来てくれ。おれはそれを楽しみに、毎日畑仕事に勤しむ。ぜってぇ美味いって言わせれるもん作ってみせるからさ」
おれがニイッと笑って言うと、パーシヴァルは少し眉を寄せて、それからフッと息をもらすように、笑った。その笑顔にはもう、不自然さなんてちっともない。
「お前には、敵わないな」
「そっか?」
天下に名だたる騎士様にそう言ってもらえると、なんだかおれがすごい奴みたいだな。まぁ、おれにとってパーシヴァルは、「疾風の剣士パーシヴァル」である前に、やっぱり「イクセのパーシヴァル」なんだけどな。
「さっ、おれはそろそろ畑仕事に戻るか。パーシヴァルも、何か用があってここ通ったんじゃないのか?」
伸びをしながら、引き止めておいてなんだがおれが言うと、パーシヴァルは思い出したように肩をすくめた。
「そういえば、この先で待ち合わせをしているんだった。煩く言われそうだな」
「そりゃ、悪いことした。そうだ、これ持ってけよ。おれに畑仕事手伝わされたことにしてさ」
トマトを放ると、パーシヴァルは受け取って笑う。
「じゃあ、そうさせてもらうさ」
「おう、しとけしとけ」
おれが手の代わりに鍬を振ると、パーシヴァルもトマトを持った手を振り返した。
「じゃあ、頑張れよ」
「あぁ、お互いにな」
パーシヴァルは最初に比べると随分柔らかくなった笑顔を見せ、指南所の方向に歩いていった。それをしばらく見送ってから、鍬を持ち直して畑に向かい気合を入れる。
「よっし、やるか!」
トマトもメロンもブドウも、見事に実らせてみせる。
そんで、パーシヴァルに食わせよう。
思わず笑顔になっちまうほど美味いもん作ってみせるからな。待ってろよ、パーシヴァル!
END
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これは、カップリングと言ってもいいのでしょうか。 いや、よくない気が・・・ただの幼なじみじゃん! これから進展するんですよ、きっと・・・。 ちなみにパーシヴァルの大切だった人は、両親です。
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