#Pervent





 楽太と良太は女子から渡されたそれに、他の男子たちと一緒になって教室の隅で着替えた。

「・・・楽太、嫌がってた割には乗り気じゃないか?」

 どう見ても嫌々ではなく着替えている楽太に、良太が不思議そうに首を傾げる。

「だってさ、どうせしないといけないんだもん。だったら楽しんだもん勝ちってもんだよ」

「そうかぁ・・・オレはまだ抵抗あるけどなあ・・・」

 良太はぼやきながらも、しかし楽太の言う通り避けて通ることはできないので、しぶしぶ手を動かす。

「どう? 着替えすんだ・・・」

 様子を見に来た女子が一瞬絶句したあと、男子たちを見て思いっきり噴き出した。

「あはははは、すっごい似合わない」

 失礼にも指差して笑ったあと、その女子は今度は楽太たちのほうを見た。

「あら、あんたたちは結構似合ってるじゃない。ちっちゃいから?」

「ちっちゃいって言うなっ」

 やっぱり失礼なその言葉に楽太は噛み付く。その横で良太は似合うって言われても嬉しくないよと小さく溜め息をついた。

「まあ、似合うっても、三河君とジェミニー君には遠く及ばないけどね」

「確かに。本物よりもよっぽど・・・ってー何すんだよっ」

 思うところを正直に口にした楽太はその女の子に頭をはたかれる。

「失礼なこと言うからよ」

「お前だって失礼だろーっ」





 今日はこのS高校の文化祭である。

 外部者も訪れるその文化祭は、クラスごとに展示のようなものを行う、出店なんて存在しないまことに地味なものなのだ。ただひとつの点を除いては。

 この文化祭では生徒全員がクラス単位で、展示の内容とは全く関係ない仮装をすることに何故かなっているのである。

 そして楽太のクラス、1−5がすることになった仮装は、女装・男装だった。

 案外ノリのいい人が多いらしいこのクラスはそれを多数決で可決したのだ。

 楽太は気が進まなかったのだが、しかしそれを決めていたときうかつにも寝てしまっていたため文句も言えず、そして今 開き直って女物の服に袖を通しているのである。

 楽太と良太に用意されたのは、オーソドックスなタイプのセーラー服であった。大きめの女の子の中学のときの制服だそうで、そのサイズが自分にピッタリだと気付いたとき二人はこっそり落ち込んだ。

「あ、そうだ。これ、ルーズと紺のハイソソックス」

「あっ、オレちょっと興味あったんだー」

 しかし楽太は、サイズや自分が女装しているのだということ自体にまだダメージを受けている良太とは正反対に、ルーズソックスを受け取って楽しそうにはいている。

「・・・本当に、なんでそんなに前向きっていうか・・・。カッコよさにこだわってたおまえはどこいったんだよ・・・」

「まだ言ってんのかよ。いいじゃん。あいつらよりは全然マシだぞ、オレたち」

 つい溜め息をついてしまう良太に、楽太は他の男子生徒を指しながらハイソックスを渡した。

 チャイナドレスなどを着込んで本格的に笑いを取ろうとしているものまでいる、まことに似合わない女装姿を晒しているクラスメイトを見て、しかし良太にはまだ納得いかない。

「いや、男としては、似合わないほうがいいんじゃ・・・」

「だったら、あいつらよりは全然似合ってないからいいじゃん」

 楽太は今度はシャルロットと憲一のほうを指した。小柄なだけの楽太と良太とは違って、二人はそれに加えて顔も小さく女顔なのだ。同じく女子の持ってきた制服を着ている二人は、そこら辺の女よりもよっぽどかわいかった。

「・・・・・・それって、すごいオレたち半端なんじゃあ・・・」

 やっぱり納得がいかない良太はそれでも渡されたハイソックスをはく。

「もー、しつこいぞ良太。こうなったら楽しむしかないじゃん!」

 良太の背中を叩きながら、楽太はふとそうだっと声をあげた。

「せっかく着たんだから、センセイに見せてこよっと」

「え・・・?」

 そう言って駆け出していった楽太を良太は呆然と見送った。あの姿で校内を歩き回ることも、さらにその姿を好きな人に見せようと思うことも、良太の理解の範疇を超えていた。

「すごい度胸だな・・・。というか、たぶん何も考えてないんだろうけど・・・」

 小心者の良太はそんな楽太をしかしうらやましいとは思えず、今日一日がさっさと過ぎ去ってくれることを祈っていた。





 一方、周囲の物珍しそうな目線に全くお構いなしの楽太は、武流を探しまわっていた。

「あー、どこいるんだよー」

「あれ、石井くんおもしろいかっこしてるね」

 ちょっと疲れて立ち止まった楽太に声を掛けてきたのは、美術教師のミドリだった。楽太は芸術の選択授業で美術を取っているのだが、美術は頭の良さは関係ないし、本人も全く厳しくないタイプなので楽太はこの先生が結構好きだった。

「エヘヘ。ね、センセイ知らない? えーと、上田先生」

「ああ、宏・・・西嶋先生と美術室にいるよ。西嶋先生が邪魔だったら追い出していいから」

「うん。ありがとう」

 楽太は言うとすぐ近くの美術室に駆け込んでいった。

「センセイ、見て見てっ」

 いきなり飛び込んできた楽太の姿に、武流と並んで座っていた宏は思わず飲んでいたコーヒーを噴きそうになった。

「石井、それ・・・?」

「うちのクラス、男は女装するんだ。結構ましだろ、オレ」

 スカートの裾を持ってエヘヘと笑う楽太に、宏は呆れたような感心したような微妙な視線を送っていたが、しばらくするとそういえば用事があったとそそくさと出て行った。

「・・・お前、嫌がってなかったか?」

 それまで黙っていた見ていた武流が、どうみてもウキウキしている楽太に尋ねる。

「だってさ、嫌がっても仕方ないしさ」

「さすが、前向きだな」

 笑っていう楽太に、武流は呆れたふうではなくむしろ感心したように言った。

「うん。それにさ、いつもと違ったかんじでなんか楽しいかも」

 楽太は言いながら宏がさっき座っていたところに腰掛けて武流を見上げた。

「ねっ、どう?」

「ああ、思ってたよりましだな」

「まし、ってなんだよ」

 その返答が不満そうな楽太に、武流はその頭に手を遣る。

「自分でもそう言ってただろ。それに、かわいい、って言われて嬉しいか?」

「う、うーん・・・」

「まあ、事実、かわいいと思うけど」

 首をひねっていた楽太は、頭を撫でながら言う武流のセリフに、一瞬動きをとめてそれからエヘヘと笑った。

「なんか、嬉しいかも」

 そう言って楽太は武流に手を伸ばした。それに応えるように武流は前かがみになって、キスを交わす。

 数回軽くしているうちに、ふとスカートが目に入った武流は苦笑した。

「やっぱり、少し変な気分になるな」

「変って、エッチな気分?」

「それじゃ、俺が変態みたいじゃないか」

 眉をしかめて言う武流に、しかし楽太は笑顔で返す。

「でも、オレはなった。センセイもなってよ」

 そう言って今度は深いキスを仕掛けてくる楽太に、武流は少しだけ応えてやってからその頭を押し戻す。

「学校終わるまで、我慢しろ」

「ちぇー」

 さっさと体を離して立ち上がる武流を楽太は不満げに見上げていたが、ふと思いついて笑顔になる。

「この服さ、どうせクリーニングして返さないといけないから、またそのときに着てあげるよ」

「お前、そんなに俺を変態にしたいのか・・・?」

 苦笑いして見下ろす武流の腕を取って、それを軽く振りながら楽太は言った。

「オレはセンセイが変態でも、好きだよ」

「お前な・・・」

 だから人を変態扱いするな、そう言おうと思った武流はしかし楽太の笑顔にその気を削がれる。

「・・・そういえば、クラスに戻らなくていいのか?」

「あっ、そうだった!」

 楽太は壁にかかっている時計を見て、すでに始まっているのに気付いて慌てる。展示をしている教室にはそのクラスの生徒が必ず数人いることになっていて、出席番号一番の楽太は朝一の当番なのだ。

「じゃ、まったねーっ」

 言うなり楽太は来たときのように勢いよく走っていった。

 そのうしろ姿を見つめながら、武流は思わず深く溜め息をつく。

 相変わらずどこかおかしい楽太にもだが、それよりもむしろ、そんな楽太を確かにかわいいと思ってしまった自分にである。

「それじゃあ、本当に変態じゃないか・・・」

 だが楽太はそうであっても好きだと言ってくれたからそれでもいいか、と思ってしまい武流はさらに溜め息をつく。

 その溜め息は、しかしどこか楽しそうな響きを持っていた――。







<おまけ>



「あ、やっぱり追い出されたの?」

 美術室から出てくる宏にミドリが声を掛けた。

「ていうか、出てきたんだよ」

 あの二人の関係を知っている宏は、いづらくなって自分から退出してきたのだ。確かにある意味、追い出されたと言えるかもしれないが。

「というか、石井も変なやつだよな。普通女装なんて嫌がるだろ」

 宏はさっきの明らかに嬉々としてセーラー服を着ていた楽太の姿を思い出しながら嘆息した。

「でも、宏も結構似合うと思うけど」

「・・・そんなこと冗談でも言うなよ」

 ムッとする宏に、ミドリは「でも」と笑顔で続ける。

「俊二は君のセーラー服姿見たいって言うかもしれないよ?」

「そんなことっ」

 ミドリのセリフに宏は思わず声を荒らげたが、すぐに顔を逸らし俯ける。

「そんなこと、俊二が言うわけないじゃん・・・」

 呟くように言った宏は、自分を見つめるミドリの表情には気付かなかった。

 一瞬の沈黙のあと、ミドリが軽い口調で言う。

「でも、僕は見たいなあ」

「は?」

「なんだか、創作意欲を刺激されそうだから」

 どう考えてもふざけているとしか思えないミドリに、宏は一瞬シリアスしてしまった自分がバカらしくなる。

「そんなの、その辺にわんさかおもしろい素材がいっぱいいるぞ」

 呆れたように言って歩き出した宏を、ミドリは仕方なさそうに笑って追いかけた。





END(そして、本当のオマケに続く・・・)⇒




--------------------------------------------------------------------------------

セーラー服姿の楽太は、かわいいと思います(本気)

むしろそれが書きたいが為の話でした。

ちなみに「Pervert」は「変質者、性欲倒錯者」って意味です・・・